幸せ



「美沙子さん、チーズハンバーグ7つちょうだーい」
「はーい」

 今日は、久しぶりに全員揃って『翔』に来ていた。

「里依ちゃんはここ来るの初めて?」
「はい、初めてです!」

 そう、今日は里依ちゃんも一緒。……というのも。

「キャンプ楽しみだね!」
「うん、キャンプなんて初めて!」

 実はこれから、前から兄が言っていたキャンプに出発するのです。『翔』で昼ご飯を食べて、晩ご飯はキャンプ場でバーベキュー。すっごく楽しみ!

「あ、律。そういえば今日希ちゃん来たわよ」
「ぶーっ!」
「ちょ、汚ぇ、律!」

 美沙子さんの言葉に、派手に水を口から吹き飛ばした兄の被害を受けたのは、もちろん可哀想な翼さん。

「へぇ、何しに来たの?」

 楽しそうに微笑むのは楓さん。……そして。

「希ってだれ?」

 素朴な疑問を口にしたのは私。兄は私を焦ったように見て、一言言った。

「……お前は気にすんな」

 どういう意味?私に知られたらまずい人なの?いつもと様子が違う兄に気付いたのか、それからは誰も『希』の話をしなかった。

「よっしゃ、出発すんぞー!!」

 テンションが上がりきった、ちょっとうざい兄の声に、私たちは車に乗り込んだ。運転は楓さん、助手席に翼さん。兄と莉奈が真ん中の席、エージさんと里依ちゃんと私が一番後ろの席に座った。楓さんはずっと

「え、普通助手席って女の子来ない?なんで翼なわけ?なんで律の次にめんどくさい翼なわけ?」

 って文句を言っていたけれど

「むむむむ無理!女の隣に座るの無理!」

 ってヘタレな翼さんがごねたから結局助手席は翼さんになった。そして皇帝はと言うと

「なぁ、ダリーよー、帰って寝ようぜハルちゃん」

 わざわざ耳元で囁いてきて、私はエージさんを引き剥がすのにすごい体力を使った。

「え、ちょ、莉奈ちゃん、なんかすごい壁感じるんだけど。なんかすっげー莉奈ちゃんが遠いんだけど」

 真ん中の席では、莉奈が兄との間に結構大きい荷物を置いて、兄との交流を拒絶していた。そして荷物が大きすぎて、兄の体は半分シートからはみ出していた。

「り、律くん大丈夫?代わろうか?」
「里依ちゃん女神〜!!」

 そんなやりとりで、里依ちゃんは顔を真っ赤にしていた。……ん?顔真っ赤?

「でも大丈夫だよ、ありがと」
「う、うん!」

 恥ずかしそうに俯く里依ちゃんに気付く人は、私以外いなくて。……ちょっと待って、里依ちゃんてもしかして兄のこと好きなの……?……いやいやいやいや!まさか!里依ちゃん可愛いし、兄なんかに惚れるわけないって!私の視線に気づいたのか、里依ちゃんがこっちを向いた。……そして。

「はははハルちゃん!」
「ははい!」

 かなり焦った様子の里依ちゃんは、誰にも聞こえないように、私の耳元でそっと囁いた。

「……誰にも言わないで」

 ええええ!里依ちゃんにはもっといい男がいると思う!

「ちょ、詳しく聞きたいんだけど!」
「は、恥ずかしいからやだ!」
「えー!聞きたい聞きたい!向こう着いたら全部聞く!」
「えー!!」

 そんな感じでキャッキャ盛り上がってると、兄が振り向いた。

「キャー!私も聞きたいー!」
「うざい」
「はい」

 私とそんなやりとりをしてから前を向く兄にさえ里依ちゃんは見惚れていて。自分の兄が友達に想われているのって何だか気恥かしいなって思った。
 エージさんはいつの間にかすやすやと眠っていた。昨日はバイトだったからきっと疲れてるんだろう。そう思ってそっと手を握ると、キュッと握り返してくれた。
 それからしばらくして、道の駅があったからそこで休憩を取ることになった。莉奈と里依ちゃんと3人でトイレに向かう。

「なんかキャーキャー騒いでたね」

 莉奈の言葉に、里依ちゃんはさっと顔が赤くなる。

「ああああのそれは……!」
「あぁ、わかってる。律のことでしょ?」

 その言葉に、私と里依ちゃんは一瞬ポカンとした。……そして

「えええええ!なんで?!」

 尋常じゃないくらい焦った。

「ライブの打ち上げの時からなんとなく気付いてた。だって律と話すたび真っ赤になってたし」
「……!律くん、気付いてるかな」
「……どうだろ。アイツ、鈍感なフリして実は敏感だから」
「……」
「特に、自分に対する気持ちに関しては」

 …それ、わかる気がする。兄は、昔からかなりモテていたけれど、わざと彼女を作らないようにしていたと思う。自分に好意を持ってる人は、わざと自分から遠ざけて。……そしてそれはきっと、私のために。

「ハル?どうしたの?」

 ふと我に返ると、莉奈が私の顔を覗き込んでいた。

「……ごめん、何でもないよ」

 私は笑みを顔に貼り付けた。
 そこからは莉奈が助手席に、翼さんが兄の隣に座った。……あれから、莉奈と楓さんはどうなったんだろう。もう体の関係はないのかな?莉奈の気持ちは?聞いてもいいのか、ダメなのかもわからなくて。私はどうすることもできなかった。楓さんは、笑顔は向けているけれど絶対に本心は見せない。莉奈も本心を見せないようにしている気がした。2人の会話を盗み聞きしようかと思ったけど、前の2人がうるさすぎて無理だった。

「うひゃひゃひゃ、やめろって律!」
「何言ってんだよ、嬉しいくせに。このドMが」

 兄がこちょこちょして翼さんが暴れるそのせいで車までもが揺れていた。あまりの仲のよさに、楓さんが叫んだ。

「てめーらうっせー!お前らそういう関係なのか?あやしい関係なのか?!」
「だったら何だ。お前実は羨ましいんだろ、仲間に入れてほしいんだろ」

 兄のその言葉に、私の隣の里依ちゃんは本気で落ち込んでいた。いやいやいやいや、正直みんな面倒臭いんですけど……!

「私、律くんがそっち系の人だって知らなかった……絶対叶わないじゃん……」
「いや、冗談だよ冗談!兄は女の子が好き……なのか?」

 自信がない……!今まで兄に彼女がいたって話は聞いたことがないし、それは私のためだって思っていたけれどもし男の人が好きだからなんだとしたら……。

「自信ないの?」

 口ごもる私を、里依ちゃんは泣きそうな顔で見つめてくる。

「いや、あの……」
「ハル」

 困っている私を振り返って兄が言った。

「俺は男が好きなわけじゃない」

 よかった……。里依ちゃんも見るからに安心している。

「……つーくんだけだ」
「めんどくせーよ!」

 思わず叫んでしまった。もうどっちでもいい。男でも女でも好きにしてくれ。

「おいハル、そんな怒んなって、兄ちゃんが好きなのはお前だけだからな」
「はいはい」
「拗ねんなって」
「残念ながら私はエージさんが好きなんです!」
「そういうことは俺が起きてる時に俺に言ってくんね?」
「………!」

 寝てたと思ってたエージさん、ご開眼……。

「いや、お前が俺のこと好きなのは知ってるし」

 饒舌なところからして、今はドSモードらしい。

「まぁ、確かに他の男に俺が好きだっつってんのはいい気分だけどよ」

 ……

「俺の目を見て言ってほしいなぁ……なんて。」
「………!」

 むむむ無理!絶対無理!2人きりならまだしも、人がいる前で!しかも兄と里依ちゃん!ない!絶対ない!

「まぁ、別にいいわ。今じゃなくてもいつでも聞けるし」

 今諦めてくれたのはよかったけれど、その時のこと考えるとかなり怖いんですけど……。……あまり考えないようにしよう。

「おいお前ら俺と莉奈ちゃんの存在忘れてるんだろうけどもうすぐ着くぞ」
「マージで!楓くん天才!」
「……今更のフォローはいらねぇよ」

 楓さんの言った通りそれからすぐにキャンプ場に到着した。そのキャンプ場はコテージがいくつか並んでおり、私たちの他にも何組か来ているようだった。私は車の中でいろいろあったからすでに疲労困憊。エージさんはあんなに帰りたい帰りたい言っていたのに、キャンプ場に着いたことでひそかにテンションが上がってるらしい。ちょっと目が輝いていた。
 別荘みたいなコテージは、見た目が可愛いだけでなく中も完璧。そこで生活できるように必要なものすべてが揃っていた。部屋は男と女で分かれて、お風呂も女風呂と男風呂で分かれていた。とりあえずそれぞれの部屋で少し休んでからBBQをすることになった。

「ねぇ、兄のこといつから好きなの?」

 女部屋に入って早速、私と莉奈は里依ちゃんに詰め寄った。

「い、いつだったかな……」
「教えて教えて!」
「……半年ぐらい、かな」

 半年か……じゃあ、私たちと『EA』が出会うもっと前だね。

「どうして兄を好きになったの?」
「私、英司兄ちゃんに『EA』のメンバーを紹介してもらった時全然みんなと話せなかったの。話すの苦手で……」
「うん」
「だけど律くんは頑張って話しかけてくれて、律くんの前だと自然に笑えるようになった」
「うん」
「それで律くんと話すのが楽しくなって、律くんに会えるのが嬉しくなって……あぁ、好きなんだって」
「そっか……」
「律くんね、ハルちゃんと莉奈ちゃんの話よく聞かせてくれたんだよ!だから二人にもずっと会ってみたかったの!」

 そう言った里依ちゃんは目が輝いてて、すっごく可愛かった。

「なんか恥ずかしいなぁ、自分の兄が友達に想われてるなんて」
「律ただのバカだと思ってたのに、まさかこんな可愛い娘に惚れられるとは」
「そ、そんな!全然だよ!」

 里依ちゃんはまた顔を真っ赤にしている。こんな可愛い娘に想われたら男は誰でも惚れちゃうんだろうな……たとえ兄でも。よし、里依ちゃんの恋を応援しよう!兄にも幸せになってほしいし……と、思った時だった。里依ちゃんが神妙な面持ちで言った。

「でも律くん、彼女作る気ないんだって」
「え……」
「俺にはハルがいるから彼女なんていらねぇって言ってたの」
「……っ」

 兄……。もし、兄がまだ『あの時』のこと気にしてるなら、もう……。ダメだ、また息が苦しくなってきた。もう、思いだしたくなんてないのに。もう……

「ハル!里依ちゃん、悪いけど律呼んできて!」
「うん!」

 そんな声が、遠くで聞こえたような気がした。それから、すぐ。

「ハル!!」

 兄の声が聞こえて、兄の匂いがする腕に抱き締められた。

「兄、ごめ……っ」
「ハル……?」
「ごめっ、ごめ……っ」

 ちゃんと言葉が紡げないのがもどかしい。兄、私には兄に伝えなきゃいけないことがあるのに……

「ハル、喋んなくていいよ」

 兄は、いつも私に優しいよね。

「わかってるから。大丈夫だから」

 それで、私のことはなんでもお見通し。イジメを受けている時だって、必死で隠していたのに兄には簡単にバレて。

「ハル……」

 今まで何度、その力強い腕で私を抱き締めてくれたかな。私その度に、頑張って生きようって、どんなに辛いことがあっても兄のために生きなきゃいけないってそう、思えたんだよ。
 だから兄。兄には絶対幸せになってほしい。幸せになってもらわなきゃ困るんだよ。

「りっ、くん……」
「……っ」
「りっくん……」

 私は必死に、昔兄を呼んでいた呼び方で兄を呼んだ。意識が飛びそうな中、顔に水滴が落ちてきた気がした。だから頑張って目を開けると、兄が目の前で泣いていた。

「ごめんな、ハル」

 なんで、どうして兄が謝るの。謝らなきゃいけないのは私のほうなのに。私が兄の幸せ壊してるのに。私がヒドイこと言ったのにだからなんでしょ?兄が彼女作らないのは私のあの言葉が原因なんでしょ?ねぇ……

「ハル、俺にとって大事なのはお前だけだから」

 兄……

「お前は何も心配せずに、好きに生きりゃいい」

 ほら、兄には私が思っていることは丸わかり。私、ずっと思ってたの。兄をいっぱいいっぱい傷つけたのに私は、エージさんと幸せになってよかったの……?
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