青い瞳の青年



「ちょっ、エージさん!あんまくっつかないでください!」
「くっついてねぇ。寝てるだけだ」
「じゃあなんで抱き締めるんですかぁ!」
「抱き枕だ」
「つーかてめぇらうっせーんだけど!クソ暑いのにさらに暑苦しいことすんじゃねぇよ!」

 ついに翼さんが切れた。ライブが終わって、日常に戻り。ちゃんと付き合うことになってから、エージさんは私を離さなかった。まぁ嫌じゃない……というか嬉しいけど。やっぱり恥ずかしい。今も、ソファに座るエージさんの膝の上に座らされて、後ろから抱き締められている。純情な翼さんはそんな私たちを見て真っ赤になっていた。

「てかさぁ、エージはテスト終わったからいいかもだけどさ、俺まだテストあんだよね。邪魔しないでくれる?」
「じゃあ家でやれよ」
「……」

 た、確かにそうだけれども……!翼さんはムスッとした顔で黙ってしまった。

「お前、一人でいんのが寂しいんだろ。だからわざわざここ来て俺と陽乃の邪魔すんだろ」

 誰かをイジる時だけ饒舌になるエージさんは生粋のドSだと思う。そして

「うっせーな!別に寂しくねーよ!俺には亀のショウがいるからな!」

 なんて、さらに寂しいことを言っちゃうあたり、翼さんは生粋のドMだと思う。最近亀を飼い始めたらしい翼さんは、その亀を溺愛している。よく、「ショウが待ってるから帰るわ!」と言って嬉しそうに帰って行った。『EA』の中で、翼さんは『かわいそうな人』ってポジションに定着していた。

「あ、そういえば今日なんで3人しかいないんですか?」

 莉奈は塾って言ってたけど……

「律は陽乃が来る直前までいてどっか行った。楓は……墓参りだろ、今日水曜だし」

 あ、そういえば……。

「アイツまだ墓参りなんて行ってんの?」

 翼さんが吐き捨てるように言った。そういえば翼さん、椿さんに憧れてたんだっけ……

「後悔するなら、謝るぐらいなら初めから手出すんじゃねーよ」

 翼さんは、楓さんのことになるとたまにこんな言い方をする。普段はそんなことないけど、楓さんの女の話になったりするといつも。やっぱり翼さんにとっても、椿さんは大きい存在だったんだと思う。

「止められねぇのが恋愛だろうが」
「……」
「椿も楓のこと好きだったんだろ?じゃあ、幸せだっただろ。もし陽乃が妹だったら、俺は我慢なんてしねー。兄妹なんてくだらねぇ」

 エージさん……

「相手の幸せのために身引くことも必要じゃねーのかよ。本気で相手のこと好きなら」
「相手の幸せが自分の隣にしかなかったらどうすんだよ」
「………」
「自分の好きな奴が一番幸せになれるのが自分の隣なら、責任持ってそいつを幸せにすんのが筋ってもんだろーがよ」

 エージさんらしいと思った。身を引くのは相手を思ってるからじゃなくて、自分が傷つきたくないから。そう、思ってるんだと思う。

「相手のために身を引く?甘えてんじゃねーよ。それ以上の幸せやればいいだけじゃねーか」

 翼さんは深刻そうな顔で考えたあと、ふっと笑った。

「それ、自分に自信がある英司だから言えることだろ」
「あ?」
「まぁ、でも。俺も頑張ってみようかなぁ」

 その意味深な言葉に、エージさんが反応した。

「先に言っとくけどコイツは渡さねぇぞ」

 え、わたわたわたしぃ?!

「んなのハルが選ぶことだろ」
「コイツが俺以外選ぶわけねぇだろ」
「そんな自信持ってるとウザがられるぞ」
「自信じゃねぇ、事実だ」
「それがウザイっつってんだよ」
「んじゃぁ、童貞のお前はコイツを満足させられんのか」

 おいぃぃぃぃ!何の話してんだコイツらぁぁぁ!!

「童貞じゃねーよ。つーか、お前こそ経験人数あんま多くねぇだろ。人のこと言えんのか」
「人数が多ければいいってもんじゃねぇ。一回一回を濃くしてるからな。な、陽乃」

 わ、わたしに振んじゃねぇぇ!!真っ赤になって固まる私を見て、翼さんはふっと笑った。

「だからそういうところがダメなんだよ。デリカシーがないっつって嫌われんぞ」
「大丈夫だ。コイツは俺のこういうところも大好きだ」

 ……あぁ、もうどうでもいい。男ってなんでこんなくだらないところで見栄張るんだろ。まぁ、どんなエージさんも大好き!なんて思っちゃう私も相当バカなんだろうけど。……それより、楓さんと椿さんのシリアスな話はどこ行ったの?

「みーんなー!!」

 スタジオの外から……また、面倒臭い声がする。ちっ、て舌打ちをしているところからして、エージさんもそう思ったんだろう。バタン!とドアを壊さんばかりの勢いで入ってきた兄は、3人しかいないのを見て大袈裟にため息をついた。

「なんで3人なわけ?!シケてんな、お前らシケシケだな!」

 ……やっぱり面倒臭い……。

「てかお前うぜーよ。こんな暑いのになんでそんなテンション高ぇのか意味わかんねぇ」

 エージさんがそう言うと、兄はエージさんのところまで行って頭をポンポンした。うぜぇ、ってすぐに振り払われてたけど。

「俺より若いくせに何言ってんだ!夏は若者の季節だろーが!」
「おい、陽乃。この暑苦しい奴黙らせろ」

 そしてなぜ私に八つ当たり……?!そう思ったけれど、エージさんの鋭い視線には勝てず。私は兄の肩をポンと叩くと言った。

「兄、うざい」

 私の言葉が本当にショックだったのか、兄は魂が抜けたかのような顔をした。

「ハルが……ハルがどんどん英司化していく……どんどん汚されていく……」
「おい、黙ってねーじゃねぇか」

 だからなぜ私に八つ当たり……!見かねた翼さんが、兄に優しく尋ねた。

「りっくん、どうしたの?なんかあった?」
「よく聞いてくれた!翼、お前やっぱ英司と違っていい奴だな!」

 そして、なぜかまた私がエージさんに睨まれた。

「あのな、もうすぐ夏休みだろ?キャンプ行こーぜ、キャンプ!」
「……!」

 きゃ、キャンプ!楽しいかも……。

「いつものメンバーと、あと里依ちゃんも誘って!な?」
「里依ちゃん!絶対誘う!」

 里依ちゃんともっと仲良くなりたいし、めずらしく莉奈も気に入ってるみたいだし!そんなことを考えていたら、隣にいたエージさんがツンツンしてきた。

「なぁ、里依がお前とりなのアドレス教えてって言ってんだけど」
「え!私も教えてほしいです!」
「あ?お前らいつの間に仲良くなったわけ?」
「ふふ、秘密です!」
「俺に隠し事すんのか?」
「………!」

 ちょ、ここでドSモード?!ま、待ってエージさん、ここには翼さんが……、いやそれ以上に兄が……!

「おい、言えって……」

 エージさんは私にグッと顔を近づけてくる。色気と迫力にやられた私は簡単に秘密をバラした。

「ら、ライブの時に……」

 私がそう言った瞬間、エージさんの雰囲気が変わった。

「……お前、俺の兄貴に会ったのか……?」
「……っ」

 エージさん、知ってたんだ。お兄さんがライブに来てたこと。て、ことは。エージさんの初恋の人が来てたってこともきっと、知ってるよね…。

「なぁ。会ったのか?」
「……いえ、遠くから見ただけっていうか、あんまりよく見えなかったっていうか……」
「んじゃあ、話してねぇんだな?」
「あ、はい……」

 私が答えると、エージさんははぁ、と深くため息を吐いた。

「アイツと喋んじゃねぇぞ」
「え……」
「もしアイツが近寄ってきても喋んじゃねぇ」
「………」
「返事は」
「はい……」

 エージさん、なんか怖いよ。やっぱりお兄さんのことになると、冷静ではいられなくなるのかな。

「英司、嫉妬か?」

 ニヤニヤしながら兄が聞く。いや、嫉妬ではないんじゃ……

「悪いか?」
「……!」

 え、エージさん嫉妬とかしてくれるんですか!嬉しくて驚いてときめいてエージさんを熱い瞳で見つめる。症状漫画みたいに瞳がキラキラしている自覚はある。

「おいおい暑苦しいの俺じゃなくてお前らだろ〜。このバカップルが!」
「羨ましいならそう言えよ」
「うう羨ましいわけねーだろ!ふざけんな!」
「ちょっ、りっくん寂しくなるだけだからもうやめようよ!」
「お前ら何ガキみたいな喧嘩してんの?」

 そこに、楓さんが登場した。

「おい、楓。お前自分がモテるからって俺らのことバカにしてんだろ」

 今度は楓さんに、めんどくさい兄が突っかかる。

「んなわけねーじゃん。律カッコいいし」
「……お、おう」
「翼も母性本能くすぐられるタイプだし」
「……っ」
「なんで二人に女がいねぇのかわかんねぇ」
「か、楓……」

 二人は照れているのか、真っ赤になって俯いている。楓さんは二人を見て微笑んだあと、私のところに来て言った。

「あの二人は褒めてあげたらすぐ黙るよ」
「……!」

 楓さん、そのためにわざと褒めたんですか。面倒臭くて可哀想な二人を簡単に黙らせるなんて。驚いていると、未だモジモジしながら兄が楓さんに尋ねた。

「あ、楓。お前もキャンプ行くよな」
「キャンプ?」
「おう、みんなで行く」
「ふーん、ハルちゃんが行くなら行こうかな」
「……!」

 ななな、なにその悩殺言葉、そして悩殺笑顔……!

「おい、俺の女口説いてんじゃねぇ」
「あはは、ごめんごめん。まさかここまで真っ赤になって固まってくれるとは」
「……」
「ハルちゃんってやっぱり可愛いね」

 そんな二人の会話は、固まっている私には聞こえていなかったりする。

「おい、お前はいつまで固まってんだ」

 だから、そう言ってエージさんにツンツンされた時は飛び上がるほど驚いた。

「楓の女になりたいって言っても許さねぇぞ」
「……」
「お前は俺の女だろうが」
「……!」

 そんな風に、さらりと胸きゅんな言葉を口にしないでほしい。

「……言いませんよ」
「あ?」
「私はエージさんの女だからっ。楓さんの女になりたい、なんて言いません……」

 言っているうちに恥ずかしくなってきて、どんどん声が小さくなる私をエージさんはじっと見つめる。それがさらに恥ずかしくて、私は真っ赤になって俯いた。

「……おい」

 エージさんが低い声を出す。私に言われたのかと思ったけど、違った。

「ちょっと陽乃と二人でタノシイコトしてくるわ」

 ……はい?エージさん、今なんと?
 「おいぃぃぃ!」と叫ぶ兄に、真っ赤になる翼さん。そして、「いいなぁ、俺もまぜてよ」とニコニコする楓さん。そんなメンバーをよそに、私は失神しそうだった。エージさんはそんな私の手を引いて歩き出す。止めようとする兄を一発殴って、エージさんはスタジオを出た。

「えええエージさん!」
「あ?」
「どこ行くんですか?!」

 その言葉に、やっとエージさんの足が止まった。

「アイツらがいるところでヤリてぇのか?却下」

 ちょっ、そんなこと誰も言ってないんですけどぉ!

「ち、違います!やっぱり……や、ヤルんですか……?」
「……」

 私の言葉を聞いて、探るように私を見るエージさん。……だって、やっぱりちょっと怖いんだよ。そういうことするのは、初めての時以来で。した後、またエージさん冷たくなっちゃうんじゃないかって……。

「……約束した」
「え?」
「もう絶対お前のこと泣かせないって、律と約束した」
「……っ」
「無理にとは言わねぇ。だけど、嫌じゃないなら抱かせてほしい。だって俺、お前見てっと欲情すんだもん」

 大事な時だけ私の不安を見透かしてしまうズルいエージさんは、やっぱりズルくて。エージさんの言葉だけで、私の不安はどこかに飛んで行った。約束って、兄になんて言ったんだろう。兄はなんて言ったんだろう。すごく気になるけど。今は、抱き締めてくれる温度に溺れようと思った。
 エージさんのキスは、ビックリするほど甘くて。エージさんの指は、ビックリするほど優しくて。エージさんの瞳は、ビックリするほど愛情に満ち溢れていて。私はそんなエージさんの愛を受け止めるのに必死だった。エージさんが動く度、私の中に快感が生まれて。その度にエージさんの綺麗な顔が歪む。私がエージさんの頬を撫でると、エージさんは気持ちよさそうに目を細めた。

「俺、さ」
「……?」
「好きだ、とかあんま言えるタイプじゃねぇんだけど」
「……」
「止まんねぇ……好きだ、陽乃」
「エージさ……」
「ずっと、俺のそばに……」

 甘すぎるエージさんの声を聞きながら、私は意識を飛ばした。
 目が覚めた時、エージさんは隣にいなかった。少し起き上がって部屋を見渡そうとした時。ソファに座ってこっちを見ている人と目が合った。

「あんた誰?」

 あなたこそ誰ですか?綺麗な金髪に蒼い目。え、もしかして外国人の方……?だけど日本語喋ってたよね?ハーフさん?

「なぁ、なに人のこと見つめたまま固まってんの」

 そう言ってその人はニヤリと笑った。

「あ、もしかして。俺に抱かれたいとか思っちゃった?」
「……」
「だけどざーんねん。今はセフレとかいらないんだよね」
「……」
「落としたい女いるからさ」

 ……はぁ。抱かれたいなんて一言も言ってないし、思ってもいないんですけどね。

「あんた、英司の女?」
「……そう、ですけど」
「ふーん、英司も趣味変わったね」

 ……それは私も思う。だって遠目でしか見ていないけれど、お兄さんの隣に立ってた人は綺麗で、大人っぽい人だった。あの人を好きだったのに、次は私だよ?……かなり変わってるよね。

「あ、あの……」
「んー?」
「あなたは……」

 誰ですか?と聞こうとした瞬間

「ヒカル!」

 と言いながら、エージさんが部屋に入ってきた。ヒカル、さんか。

「お前、急にどっか行くんじゃねぇよ。陽乃に何もしてねぇだろうな」
「残念だけど、俺子どもには興味ないんだよね」
「おい、陽乃は確かに見た目は子どもだけどヤッてる時は「エージさん!」

 本当に、エージさんったら気を抜くとすぐに変なこと言い出すんだから!

「陽乃ちゃん、って言うんだ。高校生?」
「はい……」
「あ、俺は滝沢光。英司のいとこ。ちなみに20歳でーす」

 いとこなんだ……え、てことは日本人?いや、でも純粋な日本人って感じじゃないし、やっぱりハーフ?エージさんはハーフじゃないよね?いや、でもわからない、あの顔は純日本人って顔じゃないもん。え、でもエージさんのお父さん代議士で……あれ、頭こんがらがって眠くなってきた。……あ……ねむ……

「え、ちょっと待って英司。あの娘寝てんだけど」
「……」
「え、なんでなんで会話の途中だったよね?え?」
「……俺も寝る」
「ええちょっと待って、俺喋ってんだけど。てか一応俺客なんだけどぉ!」

 なんて会話が意識のどこかで聞こえた、ような気がした。
 次に目が覚めた時は、ちゃんとエージさんの腕の中にいた。エージさんは私をギュッと抱き締めて爆睡。ちょっと苦しい。……でも心地いい。あ、そういえば兄と翼さんと楓さんはどうしたんだろう。……まぁいいか。もぞもぞしすぎたからか少し目を開けたエージさんがあたしを見て言った。

「……今日泊まってけ」
「はぁい……」

 また睡魔に襲われかけた頭で、あ、家に連絡しなきゃ……と考えた。
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