重なるココロ



 次の日。目が覚めると、10時を少し回ったところでした。

「って、ええ?!」

 遅刻だ、完全に遅刻だ!昨日目覚ましかけんの忘れてた……。……でも。チラリと横を見ると、エージさんの綺麗な寝顔。顔がにやけるのを止められない。私はまた、エージさんの腕の中に潜り込んだ。

「んー、好きぃ……」

 幸せすぎる。エージさんの腕の中、エージさんの匂いに包まれて眠るなんて。学校行くか、ここにいるか。……ここにいるに決まってる!幸せすぎてエージさんの胸に頬をスリスリすると、エージさんは「んー」と唸った。そして。

「ちゅう」

 そう言った。

「?!」

 ね、寝言?!そうだよね、寝言だよね!でもどんな夢見て……

「ちゅう」
「……っ?!」

 思わず飛び起きかけた私の右腕をすごい力で掴むエージさんの左手。……目は瞑ってるけれど、完全に起きている。

「え、エージさん、起きてますよね?」
「寝てる。だから、陽乃が好きぃって擦りよってきたのも知らない」
「……!」

 お、起きてたんだ……!聞かれてたんだ……!

「ちゅうしてくれないと俺は目覚めません」

 それにエージさんは、いつもより饒舌だ。

「ちゅうちゅうちゅうちゅう。ちゅうしねぇつもりか?」
「……」
「せっかくドライブ連れてってやるつもりだったのにナシだな」
「……!し、します!」
「よし、いい子だ」

 すでに完全に目を開けて、ニヤリと笑っているエージさん。明らかにハメられていることに気付きながら逆らえない私。……どうにもできない主従関係。これを心地よく思い始めている。

「ちょっとぉ、待ってんだけどぉ?」

 いつもとキャラが違うエージさんにもドキドキしてしまう私はきっと重症。緊張で震える唇をギュッと結んで。私はそっと、エージさんに口づけた。恥ずかしくてすぐに唇を離すと、エージさんは起き上がって私をギュッと抱き締めた。

「よくできました」
「エージさん……」
「お前、わんこみたいだな」

 ……はい?幸せに浸っていた私に、エージさんのとんでもない一言が突き刺さる。

「なんか、ここ撫でたくなる」

 そう言ってエージさんは私の顎を撫でた。それも気持ちよく感じてしまう私。皇帝と平民の次は……飼い主と犬らしい。
 エージさんはどこに行くのも私を連れて行った。挙げ句トイレにも連れて行こうとするから、さすがにそれは全ての力を振り絞って拒否した。パンを焼いて、二人で食べて。一緒に作ったサラダに手をつけようとした時、エージさんが徐に口を開いた。

「つーかさ、お前学校は?」
「……!」

 今更……!今更すぎて、さっき飲んだグレープジュースを吹きだしてしまうところだった。

「え、いや、あの……」
「あ?」
「今更、じゃないですか…?」

 もう、今日はサボってドライブ連れてってもらう気満々だったんですけど……。

「………」
「………」
「………」
「……ドライブ、どこ行きたい?」

 ……エージさん、私はまだまだ全然あなたを理解できていないみたいです。学校のことは、もういい……のかな?

「あの……」
「あ?」
「海、見たいです…」
「海ねぇ。わかった」

 ……うん、やっぱりエージさんの中で学校の問題は終わっているらしい。それにしても海行きたいって、私ってばなんてベタなの。エージさんと寄り添って海見たいなぁ……と、思っちゃったんだ。……でも、エージさんとの初めてのデート。テンション上がらないわけがない!けれど、私はそこである問題に気付いた。

「え、エージさん……」
「あ?」
「服……私制服しか……」

 さすがに制服で平日の昼間からウロウロするわけにはいかない。どうしよう。せっかく上がったテンションが急激に萎んでいく。けれどエージさんは平然と言い放った。

「里依の着るか?少しならあるはずだ」

 里依って……妹さんの?勝手に着て怒られないのだろうか。そんな心配にエージさんは飄々と答える。

「ちゃんと洗濯して元通りにしとけばバレねぇって。サイズもそんなに違わないだろうし。ドライブ行きてぇだろ?じゃぁ、それしかねぇな」
「……はい」
「ちゃっちゃと準備して行こうぜ」

 遅い朝食を食べ終えると、エージさんは私の手を引いてエージさんの部屋の隣の部屋に行った。そこはエージさんの殺風景な部屋と違って女の子らしい部屋で、妹さんの部屋だとすぐにわかった。エージさんは白いソファにドカッと座るとクローゼットを指差す。

「そこにあるから、好きなの選べ」

 人のクローゼットを勝手に見ることにまだ抵抗はあったけれど、中を見た瞬間それはどこかに飛んで行ってしまった。

「か、可愛い……!」

 妹さんはセンスがいい人らしい。出てくる服すべて「可愛い!」と叫んでしまうほどのものだった。

「ど、どれにしよう……エージさん、どれがいいですか?!」
「俺ワンピース希望〜」
「ワンピースですね!キャー可愛い!」

 少し、って言っていたのに明らかに私の服より多い。

「妹さん、ここに住んでないのにこんなに…」
「あぁ、たまに泊まりに来るから……いや、たまに帰ってくるって言ったほうがいいのか?」
「あ……」

 私、もしかして言っちゃいけないこと言ったかな……?そう思って黙り込んでしまった私を見てエージさんはフッと笑った。

「また俺に遠慮してんのか?」
「……っ」
「気にすんな。俺が勝手にここに住んでるだけだから。両親と里依は東京に住んでる。俺は大学が遠くなるからここに住んでるだけ。家がデカいだけで大学生の一人暮らしと変わんねぇよ。あ、俺これがいい」

 エージさんはどうでもいい話をしていた様子で軽く話を切り上げ、私から目を離すとグレーのチェックのワンピースを指差した。

「これ着て」
「……はい」

 エージさんが気にしていない様子なのに私がいつまでも気にしているわけにはいかない。エージさんが俺も着替えてくると部屋を出たから私も着替えを始めた。着替え終えてエージさんの部屋に行くと、エージさんも寝間着から私服に着替えて終わっていた。シンプルな服装なのにエージさんが着るとかなりカッコよく見える。ず、ずるい……。

「お。着替えたか。……じゃあ、行こうか」
「あ、はい」

 時刻はすでにお昼を回っている。エージさんと私はお城の敷地内にあった車に乗り込んだ。もちろん私は助手席。エージさんの運転する姿を見るのは初めてでドキドキする。

「出発すんぞー」
「あ、はーい。……!」

 か、カッコいい……!やっぱりエージさんの運転する姿カッコよすぎ……!エージさんは窓を開けると、タバコを吸い始めた。なんで、なんでこの人は……!運転&タバコという胸きゅんポイントをダブルで……!下を向いてふるふる震える私を見て、エージさんは

「あ、悪ぃ。タバコ嫌だった?」

 と言ってタバコを消そうとした。

「だ、ダメ!」

 それを必死で止める。そんな私を不審に思ったらしい、エージさんが眉間に皺を寄せる。

「あ、いや、あの……タバコ、別に苦手じゃないんで、大丈夫です…」
「あ、そう」

 なんとかごまかせたみたいだ。それにしても、こんなに幸せでいいんだろうか。特に会話もない。でも、沈黙が嫌じゃない。隣を見れば、大好きなカッコよすぎるエージさん。ふと、エージさんの左手に触れた。エージさんは一瞬驚いたように私を見て、ギュッとその手を握ってくれた。嬉しくて、幸せで。こんな幸せがずっと続いてほしいって本気で思った。
 車で1時間ほど走った。開けた窓からふわりと潮の匂いが漂ってくる。

「あ、エージさん!」
「あ?」
「潮の匂い!海近いんですね!」
「あぁ。たぶんもうすぐ見える」

 エージさんがそう言ったとほぼ同時。左側に、海が見えた。

「キャー!海!エージさん、海!」
「あぁ、そうだな」
「綺麗ですよ!ほら、海!」
「あぁ」

 エージさんは、すごく穏やかな顔をしてた。いつも眠そうな顔をしているのに。急に大人しくなった私をエージさんがチラリと見る。……そして。

「幸せだなぁ」

 そう、呟いた。それだけで胸が締め付けられる。

「……エージさん」
「んー?」
「幸せですね」
「そうだなぁ」
「私、ずっといますからね。エージさんのそばに。嫌がられても、ずっといますからね」
「……そうしてくれよ。陽乃が言ったんだからな。約束破んなよ」
「……はい」

 エージさんはきっと、寂しかったんだと思う。私が返事すると、安心したように笑った。隣の県まで来たから、さすがに『EA』はそこまで知られてないと思う。だから、思いっきりエージさんに甘えてやろうと思った。

 海開きはもうされているはずだけれど、平日だからか人はそんなに多くなかった。私とエージさんは手を繋いで砂浜を歩く。

「ライブ終わったら泳ぎに来てぇなぁ」
「あ、いいですね!みんなで来たら絶対楽しいですよ!」
「そういえば去年は4人で来たな」
「え、『EA』のですか?!」
「うん、そう。だけど帰りは俺と律の二人だけだった」
「え……!ど、どうしてですか?」
「楓はそのへんの女ナンパしてお持ち帰り。翼は溺れてそのまま病院。アイツらと来てもろくなことねぇよ」
「……でも、楽しいですね、きっと」
「……まぁな」

 エージさんの穏やかな顔。何だかんだ言ってエージさんは『EA』のメンバーが大好きだと思う。

「今年は私と莉奈も連れて来てくれます?」
「あぁ、いんじゃね。……だけどその代わり水着は俺に選ばせろ」
「……!や、やですよそんなの!」
「あ?なんでだよ」
「だ、だってなんか恥ずかしいし……」
「んなこと言ってねぇで俺に任せとけって。……ほら、今日の服も似合ってんじゃん。どれがお前に一番似合ってるかなぁと思って俺が選んだんだよ」
「こ、これってエージさんの好きな服装なんじゃ……」
「んー、まぁそれもあるけど。いくら好きでもお前に似合わなかったら意味ねぇじゃん」

 ……ズルいよ。本当にズルいよ、エージさんは。私が喜ぶことをそんなに簡単に口にして。……私のこと、ちゃんと見てくれてるんだね。

「じゃぁ、水着選んでください。その代わり、変なの選んだら着ませんからね!」
「変なのって?エロいのとか?」
「………!そ、そうです!」
「あぁ、大丈夫。お前にそういうのは似合わねぇ」
「し、失礼な!色気がないって言ってるんですか?!どうせ私は貧乳ですよ!」
「いや、そういう意味じゃねぇ。お前みたいな体型はビキニよりスクール水着のほうがだいぶエロい」

 ……エージさん、言葉の節々がたまに変態臭いんですけど。

「俺は別に巨乳は好きじゃねぇ」
「……」
「色っぽく誘われるよりも、拒みながらも受け入れてしまうほうが「やめて!!」

 どうしてこの人は好きなシチュエーションを語り始めているのか。全く分からないし、ちょっと参考にしようとしている自分が嫌だ。

「……それで人妻希望」

 ボソッとそんなことを呟くエージさん。ごめんなさい、私はどう頑張っても人妻にはなれません……。人妻ということはエージさん以外の人と結婚しなくてはならないということ。そんなの絶対にいや……!シュンと落ち込んでしまった私の肩にエージさんが手を置く。

「うん、まぁお前は別だから気にすんな」
「……!」

 そんな一言で機嫌が直ってしまうのだから、私もエージさんに負けないくらい単純だ。エージさんって絶対女の子が喜ぶツボ押さえてると思う。……さすが天然タラシ。

「なぁ、悪い。ちょっとタバコ吸ってきていい?」
「あ、はい!」

 離れるのは寂しいけれど、今まで我慢してくれていたから笑顔で返す。エージさんはヘビースモーカーだと思う。タバコがないと落ち着かないみたいだ。今日は出発してすぐ車で吸っただけだからそわそわしていた。私は元々タバコは好きじゃなかった。けれど、今の私にとってタバコの匂いは安心する匂いだ。兄の匂いだし、それにエージさんの匂いでもある。大好きな人に関わるものはすべて好きになる。恋ってすごい。

「あ、私飲み物買ってきます!何がいいですか?」
「あー、じゃぁコーヒー。ブラックの。頼むわ」

 エージさんは自分の財布を渡すと、喫煙所に歩いて行った。私はエージさんと反対方向を向いた。自販機はどこにあるだろうと考えて、海の家を思いついてその方向へ歩き出した。

「お姉さーん」
「……」

 今声が聞こえた気がするけれど私じゃないよね。私お姉さんよりどっちかというと妹系だし!

「ねぇ、お姉さん。無視しないでよ」
「……」

 だから私じゃないってば!振り返ったら負け!喰われる!!ひたすら前だけを見て歩いていると前方に自販機を確認。
 ダッシュ!!……しようとした瞬間。

「おーっと危ね。今逃げようとしたっしょ」
「……!」

 ガシッと右腕を掴まれて無理やり振り向かされた。そこには明らかにやんちゃそうな男の人が4人。3人が私を囲んで、もう1人は興味なさそうに違うほうを向いていたので顔は見えなかった。

「ねぇ、俺無視された上に逃げられかけて結構ショックだったんだけどー?」
「慰めてくんね?」
「傷つけた本人が慰めるってなんか変だな」

 ゲラゲラと、3人の間に下品な笑いが広がった。……やだ、エージさんのところに帰りたい。エージさんに会って安心したい。

「……私、待ってる人いるんで。どいてください」
「はい、わかった。……って、そんな簡単に逃がすと思った?」
「お姉さん、高校生っしょ?学校サボって海なんてなかなかやるねー。ま、人のこと言えねぇけど」
「なぁ、龍也。お前も混ざれって」
「……!」

 たつ、や……?嫌な予感がする。『龍也』なんて名前、別に珍しいわけじゃない。なのに……。今まで見えなかったもう1人の顔が見える。その瞬間。急に息がしづらくなった。

「龍也、くん……」
「……!ハル、か……?」

 彼は私に気付いて目を丸くした。そしてゆっくり私に近付いてくる。

「や、だ……」
「ハル……」

 彼は私を囲んでいる3人に「ソイツに触んな!」と怒鳴ると彼らを押しのけた。

「来ないで……」
「ハル……」

 彼が私に触れようとした瞬間、私はその場に座り込んで叫んだ。

「いやぁ!!」

 甦る。痛くて苦い記憶が。乗り越えたと思い込んでいた、過去が。

「ハル!」

 息ができなくて、けれど異常に速くなる呼吸を止めることができなくて、体中から力が抜けていく。ギュッと目を瞑れば、簡単に涙が一粒零れた。彼以外の3人が動揺しているのがわかる。見ないで。お願いだから、そんな目で見ないで……!彼らしき手が私を支える。触れられるのが嫌なはずなのに、体に力が入らないからどうすることもできない。

「ハル……」

 耳元で聞こえる声に、私は確かに懐かしさを感じたんだ。その時だった。

「あーあー、お前ら何してくれちゃってんだよ」

 気の抜けた声が聞こえて、私の体が浮いた。甘い香水とタバコの匂い。体温。細身なのに、筋肉質な体。

「遅くなって悪い」

 そして、低くて甘い声。不思議なほどに落ち着いていく私の心。少しだけ自由の利くようになった体を動かして、私はエージさんの首にギュッと抱き付いた。

「陽乃がこんな状態じゃなきゃ、お前ら全員半殺し」

 誰も何も話さなかった。エージさんの声には威圧感があった。

「……お前、誰か知らねえけど。もう陽乃に近付くなよ」

 ピリピリした雰囲気。エージさんがこんな雰囲気を出すのは初めてで、恐怖すら感じる。エージさんがお前と言ったのは、きっと龍也くんのことだ。誰も何も言わないまま、エージさんは無言で歩き出した。私はエージさんの首筋に顔を埋めて、顔を上げることができなかった。

「もう今日は帰るか。疲れただろ」

 車に着いて、エージさんは私を後部座席に下ろした。さっきまでのピリピリした雰囲気が嘘のように、エージさんはいつも通り少し眠そうだった。

「ねみぃ。昼寝の時間だ」

 欠伸を一つして、エージさんは少し屈んで私と目線を合わせた。

「大丈夫か。……いや、大丈夫だ。何も心配しなくていい」
「うぅっ……」

 私はたまらなくなって、エージさんに抱き付いた。エージさんは私の体を少し離すと、頬を両手で包んで額をコツンと合わせた。

「陽乃、俺のこと好きか?」

 声にならなくて、言葉にならなくて。私は必死で首を縦に振った。次の瞬間には、抱き締められていた。エージさんは車に乗り込んで後ろ手でドアを閉める。そして、私の耳元で弱々しく呟いた。

「俺も……俺も好きだ」
「エージさ……」
「昨日、手出さないって言ったけどよ。抱きてぇ。今すぐ抱きてぇ」
「エージさん……」

 私はそんなエージさんに応えるかのように、腕を背中に回した。
 自信なんてない。エージさんがいくら私を好きって言ってくれても大事にしてくれても。幸せには、いつも不安がつきまとう。けれど、不安さえも幸せに感じる今の私に、怖いものなんてない。それに、私エージさんと一つになりたいって、そう思っている。積極的な女より受け身な女が好きって言ったエージさんに気持ちが伝わるように、私は背中に回した腕の力を、ほんの少しだけ強くした。
 そこからはもう、すぐだった。私の気持ちを汲んでくれたらしいエージさんは車を走らせて、綺麗めのホテルを見つけるとそこに入った。部屋に入って、シャワーを浴びたいってごねる私に、エージさんは

「そのままのほうが興奮する」

 と、また変態臭い言葉を吐いた。
 エージさんの細長い指が私の体を這う。エージさんのセクシーな唇が私の体中にキスを落とす。

「怖がんな」
「気持ちよくしてやる」

 エージさんの甘い声が私の体に浸透していく。エージさんは、少し余裕のなさそうな顔をしていた。眉間に寄った皺を私が撫でると、エージさんはその手にキスをする。それを2、3度繰り返した頃。私とエージさんは一つになった。エージさんはずっと私の顔を見つめていた。それがすごく恥ずかしくて両手で顔を隠すと、「顔見せろ」と指をエージさんの指に絡め取られる。密着するように抱き締められると、熱い体温が心地よくて涙が出た。エージさんにしがみついて、私は深く意識を飛ばした。
 目が覚めると、車の中だった。ふと運転席を見ると、行きと変わらないエージさんの顔。今日の出来事は全部夢だったんだろうか。一瞬思ったけど、少し動くとズキッと痛む下腹部が夢ではないと告げていた。

「もうすぐ家着くから」

 私が起きたことに気付いたらしいエージさんが前を見たまま言った。

「ゆっくりさせてやれなくて悪いな。5時にはスタジオ戻んねぇといけねぇから」
「いえ、大丈夫です」
「次は思いっきり甘やかせてやるから許せ」

 そう言ってふっと笑うエージさんに胸がドキドキする。初めてした後って、相手のことを更に好きになるって言うけれどそれは本当みたい。私、行きよりも今のほうがエージさんのことが大好き。ふと、右手の温もりに気付く。エージさんは寝ている間もずっと、私の手を握ってくれていたらしい。

「あのさぁ」
「はい」
「これからライブまで、今までみたいには会えねぇ。たぶん連絡も。だけど、一番いい席お前に取っといてやるからちゃんと見に来いよ」
「エージさん……」
「不安にさせちまうかもしれねぇけど今日言ったことは全部本当だから。お前も約束破んなよ」
「……はい」

 これから1ヵ月。エージさんと触れ合えなくなる。エージさんのそばでライブを迎えるのは初めてだからわからないけれど、たぶん長い長い1ヵ月になるんだろう。きっと不安にもなる。エージさんが恋しくて泣いてしまうかも。
 でも、ライブの時は笑っていたいと思う。寂しくても、辛くても、恋しくても。ライブでは思いっきり、笑ってやろうと思う。それが『EA』のマネージャーの役目だ。
車が家の前に着いても、エージさんは私の手をなかなか離さなかった。ギリギリまでそばにいてくれるつもりなのだろう。

「エージさん、そろそろ行かないと。」
「……」
「エージさん」
「……あぁ」

 エージさんはため息を吐くと、「こんなに分かれづらいのは初めてだ」と呟いた。

「じゃぁ、な」
「はい」

 私はエージさんの車が見えなくなるまでずっとその場に立っていた。
 そして、ライブまでの1ヵ月。本当にエージさんからの連絡は一度もなかった。
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