プロローグ
 一つだけ、心残りがある。一番好きな人と結婚しても幸せになれないと多くの人が言うし実際私も言われたことがある。でもそんなの、実際結婚してみないと分からないし一生分からないかもしれない。それなら私は本当に私を愛してくれる人がいいし、大事にしてくれる人がいい。だから彼を選んだのだ。
 大きな鏡に自分が映っている。純白のウェディングドレスに身を包み少し緊張した面持ち。一生に一度しかできない格好、一生に一度しかない日。体にピッタリ貼りつくドレスが胸を締め付けて苦しい。
 コン、コンと。ドアをノックする音が聞こえた。はい、と答えた声は少し震えている。ドアが控えめに開いて、入ってきたのは見慣れた顔だった。

「着替え終わったんだ」
「うん、胸が苦しい」

 鏡越しに目を合わせて笑い合う。彼は今日、私の旦那様になる宗介だ。

「ひかり」

 彼の手が私の肩に乗る。まっすぐに私を見る彼の目は、優しくて、強くて。私はこの目が好きなのだと、そう思う。

「綺麗だ」
「……うん」
「俺が一生、幸せにする」

 せっかく綺麗に化粧してもらったのに。そんなこと言ったら泣けちゃうじゃない。グスッと鼻を啜る私を見て、彼は笑う。そして「また後で」と言って部屋を出て行く。一人になった部屋で思うのは、今までの人生だった。いつも私の人生の中心にいた宗介。……そして。
 コンコン、と。またドアをノックする音。返事をしてすぐ、ドアが開く。そこにいたのは。

「……湊」
「ひかり」

 湊。私のもう一人の幼馴染。そして、初恋の人。

『傷つけてばかりで、ごめんな』

 昨日、湊に言われた言葉がリフレインする。掠れた声。頬に触れる手。胸を抉る切なさ。全部全部、捨てないと。きっと私たちの人生は一生交わることはないのだと思っていた。どれだけ好きでも、私たちは一緒にいられない。なのに、湊は私の手を握る。

「ひかり、君を攫いに来たんだ」

 ズルいよ。君の気持ちには応えられないって言ったのは、湊なのに。

「ひかり」

 名前を呼ばれた瞬間、私は目を瞑っていた。
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