融解


 友達の家に避難しようと思っていたのに部屋を出たところで透くんに捕まった。バタバタと抵抗する私を物ともせず透くんは私を車の助手席に押し込み自分は運転席に乗り込んだ。

「私友達の家行くんだけど!」
「送ってやるって言ってんの」
「絶対嘘!だって透くん今から英太くん迎えに行くんじゃん!」
「ハハ、知ってたんだ」

 ハハって何だハハって……!何のために今日友達とオールで遊ぶ約束したと思ってんの。英太くんに会いたくないからなのに、どうして。ニコニコと笑っている透くんの横顔を睨み付ける。このドS男!

「大丈夫、英太くん迎えに行ってそのまま友達の家送ってあげるから」
「全然大丈夫じゃないよ、結局英太くんに会わないとじゃん……」
「顔くらい見せてあげなよ。英太くん寂しがってたよ。しぃに嫌われたのかなって」
「……」

 嫌いになれないから困ってるのに。何も言えなくなってしまった私を見て透くんは満足げに前を向いて車を走らせた。
 心臓が痛い。駅に近付く度鼓動が大きくなっていく。会うのはどれくらいぶりだろう。地元を離れる時も、私は見送りに来てくれた英太くんから逃げた。駅のホームで立ち尽くす英太くんを見ないようにして、ドアの陰に座り込んだ。英太くんはきっと、私が英太くんに気付いていたことを知らない。それから英太くんの電話もメールも無視して一切の繋がりを絶ったから。

「怖い?」

 いつの間にか俯いていて、私は透くんの言葉にハッと顔を上げた。見れば赤信号で車は停まっている。それにさえ気付いていなかった。透くんは穏やかな顔で、でも瞳だけは感情を感じない。透くんはたまにこんな顔をする。温かさを感じないから少しだけ怖い。

「……怖いに決まってんじゃん」
「何が?英太くんと会うこと?英太くんから逃げたこと?一番怖いのは、……そうだな。英太くんに嫌われてないか、って?」
「……っ」

 英太くんが遠いところに行ってしまうのが、何より怖かった。あの日、英太くんは私の知らない顔をしていた。もう手遅れだと気付いた。英太くんは既に私には手の届かないところにいる。だから自分から離れたのに。もう英太くんのことは忘れるって、決めたのに。久しぶりに会って英太くんに素っ気なくされないかって、そんなことが怖いだなんて。

「静菜」

 透くんの声は、私を暗いところから無理やり引きずり出す力を持っているかのようだ。英太くんのことで悩んででも誰にも気付かれたくなくて心を閉ざした時、いつも透くんは私を見つけ出す。そして、私は透くんの声で顔を上げるのだ。

「俺がいるから、平気」

 誰かに見られる、なんて。そんなこと考えている余裕もなかった。透くんの顔が近付いてきて唇が重なる。甘く、深く。ああ、ほんと。何だか平気な気がしてきた。すぐに離れた透くんは、ふっと笑って車を発進させた。


「あ、いた」

 駅に着いてしばらくして、遠くに英太くんが見えた。ドキッと心臓が大きな音を立てる。でもさっきほど痛くはなかった。英太くんは車に近付いてきて、私が助手席に乗っていることに気付いて目を丸くした。ぎこちなく笑うと、英太くんは満面の笑みを見せた。

「しぃ!お前来てくれたんだな!元気そうでよかった!ほんとに心配してたんだぞお前全然」
「ちょっと英太くーん。俺もいるんですけどー?」

 マシンガンのように喋りまくる英太くんを透くんが遮る。苦笑いする私に透くんは「な?」と言って頭を撫でてくれた。英太くんは後部座席に乗り込むと、私に質問攻めをしてきた。大学生活はどうだとか友達は出来たかとかバイトしてんのかとか透に虐められてないかとか。透くんに「俺のことも聞いてよー」と言われて「お前はどうでもいい」と答えていた。驚くほど自然に笑えていた。昔に戻ったみたいで、嬉しい。

「えっとね、次の角右」
「ん」
「しぃほんとに友達んとこ行くのかよ。せっかく来たのになー」
「うん、約束してたから。ごめんね」
「明日何時ごろ帰る?迎えに行こうか?」
「ううん、何時か分からないし自分で帰る」
「俺が帰るまでに帰ってこいよ?」
「うん、努力はする」

 友達の家の前に着いて、車を降りる。英太くんは寂しそうに私を見ていた。苦笑いして背を向ける。車が行ってしまってから透くんからメールが来た。

『俺がいるから平気だよ』

 と。
 次の日、友達と分かれたのは午前中だった。もうオールできる年じゃないのかなぁなんて笑いながら解散して、家に帰った。英太くんはきっとまだいるだろう。でも疲れたからとすぐに部屋に入ろう。そして眠ろう。英太くんが帰るまで。
 家に帰ると、家の中は静かだった。もしかして英太くんは帰ったのだろうか。浴室からシャワーの音がした。リビングに入り、カーテンも閉まっているせいで薄暗い。恐る恐る歩いていたけれど、何かに躓いて転んでしまった。

「った……」
「しぃ」

 すぐ近くで聞こえた声に体が強張る。ハッとして体を起こそうとしたのに、腕を掴まれて。頭を強く打ち付けて目を瞑った時、強いアルコール臭がした。

「なんで、透なの」

 目を開けた先。熱っぽい目で私を見る英太くんがいた。

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