12


「おかえり」

 ドアを開けると掛けられた声に、私は大袈裟なほどビクリと震えた。ここは智之さんの家だし、半同棲しているのだから帰ると智之さんがいるのは当然だ。けれど、高杉に告白されたことがどこか後ろめたくて無理やり笑顔を作った。人の機微に鋭い智之さんのことだ。私の笑顔がぎこちないことには気付いただろう。中途半端が一番いけない。そんなことちゃんとわかっているのに。
 熱いシャワーを浴びると、酔いが覚めると同時に少し落ち着いてきた。智之さんのシャンプーを借りると、いつも仄かに香る智之さんの匂いに包まれたような気持ちになる。今日も同じように感じることができたから、私はきっと正常だ。大丈夫。
リビングに戻ると智之さんはソファーに座ってテレビを見ていた。後ろから首に手を回し抱き付く。大きな手が私の腕を撫でた。

「遅くなってごめんなさい。先に寝ててもよかったのに」
「別にいーよ。明日休みだし。楽しかった?」

 頷くとおいで、と頭を撫でられた。私は素直に立ち上がり智之さんのほうに回った。そして智之さんの膝の上に座り広げられた腕の中に納まる。温かくて安心するそこに、疲れが吹っ飛びそうなほどの幸福を感じたのだった。

「高杉に送ってもらったの?」
「っ、え?!えと、うん、はい、そう、です」
「何その反応。告白でもされた?」
「っ、」
「……マジか」

 ああ、もう、私の馬鹿……。どことなく気まずい空気が流れて俯く。誰かに、それも彼氏に話すなんて、高杉にも失礼だし智之さんにも心配をかけてしまう。はあ、と小さくため息を吐いた瞬間、智之さんの大きな手が頬を撫でた。

「わかってたから。高杉が優紀を好きなこと。でもやっぱ腹立つなあ、だってこれって宣戦布告じゃない?」

 智之さんはハハッと笑うと私の胸に顔を埋めた。ぎゅうっと抱き締められた腕から優しさが伝わってくるみたいだった。

「優紀にこんなことできんのは俺だけだって、見せつけてやりたい気分」

 不意に顔を上げた智之さんと至近距離で目が合って。柔らかく重なった唇。触れる時は優しかったのに、深くなる毎に激しくなるキスに息もできないほど溺れる。逃げようにも後頭部をがっしり抑えられているせいで動けない。もう片方の手は、知らない内に体に伸びていて。

「っ、」

 やわやわと胸を揉まれ、ビクリと体が跳ねた。服の上から胸を揉んでいた手は服の中に侵入してきて、そして。

「っ、はあ、ごめん。俺ほんと余裕ないね」

 唇を離した智之さんはそう言いながらも瞳にギラギラとした欲望をちらつかせていて。もし、もしもいつもと違うキスも余裕のない顔も嫉妬が理由だとしたら。それは私にとって他でもない嬉しいことだ。

「ベッド、行きたい……」
「優紀」
「好きにして、いいから。いっぱい、智之さんのこと感じたいから……」

 言っているうちに恥ずかしくて死にそうになった。本音を言うのがこんなに恥ずかしいなんて、でも。

「……うん、いっぱい、感じて」

 そうやって優しく笑うから、たまには素直になるのも悪くないと思った。
 次の月曜日、高杉に会うの気まずいなあどうしよう、そう思って朝から憂鬱だったのに高杉はあんぐりするほどに普通だった。あの夜の告白は酔っ払いの戯言だったのか、それとも夢だったのか。

「何ボーッとしてんだ仕事増やすぞアホ」

 そう言って重いファイルで頭を殴られて、やっぱりこの男が私を好きだなんて絶対に嘘だと思った。その日の昼休み、いつものように私は高杉と食堂に向かっていた。企画部に行ってから高杉と昼ご飯を食べるのが習慣になって、チームが違う企画部の人や元いた総務部の人たちは高杉と私が付き合っていると噂しているみたいだ。本当に付き合ってたら社内でこんな堂々と一緒に歩かないと思うけど……。そう思いつつ好奇の視線を向けられるのは居心地が悪かった。
 昼休みの食堂はいつも混み合う。それは食堂に向かうエレベーターも同じで、背の低い私はいつも潰されそうになりながら息苦しさに耐えるのだけれど、今日は違う意味で息苦しい場所になった。なぜなら。

「あれ、お前らも昼ご飯?」
「あ、お疲れ様です」

 高杉と私が乗っていたエレベーターにたまたま智之さんが乗ってきたからだ。普段なら社内で会えたら嬉しくて挨拶を交わすだけなのに今日もお仕事頑張れると思っていたのに、智之さんに高杉から告白されたことがバレてしまい今その高杉と一緒にいるのだ。不可抗力とはいえ密着している体。私の後ろの壁に手をついている高杉の胸を思わず押せば、高杉から「てめえ、狭いんだから押すんじゃねえ」と睨まれてしまった。高杉は私のほうを向いている。身長差があるから顔は離れているものの息遣いは感じる距離で、意識しないようにと思うほどに意識してしまう。更に人が増えたエレベーター内、触れ合っている部分も増えていく。

「お前、いい匂いする」

 高杉が耳元で囁いたセクハラ紛いの言葉に身動きが取れないのに高杉の鳩尾に一発入れてやりたいと思った。智之さんは私のすぐ隣に立っている。この体勢になったのはわざとじゃないんです、そう智之さんに念を送っていると不意に智之さんが私を見下した。

「あ……」
「なんだよ」
「べ、別に!」

 突然声を上げた私を高杉が怪訝そうに見る。慌てて首を横に振って、握られた手に力を込めた。……誰にも見えない、高杉にだって見えないところで、智之さんが私の手を握ってくれた。繋がっているところから体温が上がっていく。顔が火照っているのはエレベーターの中が暑いからって理由だけじゃないことを、智之さんと私だけが知っている。まるで二人だけの秘密みたいでドキドキと胸が高鳴った。
 そしてエレベーターは一階に着き、どんどん人が下りていく。名残惜しそうに離れた手を上げ「じゃあな」と言い、智之さんは去って行った。

「ちょっと、早く離れてよ」
「う……っ」

 念願の高杉の鳩尾に一発かました私は高杉から離れエレベーターを出た。未だ火照る顔を財布で隠しつつ、前を歩く智之さんの背中を見つめていたのだった。

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