お食事のお話

 ここでバイトしてるの、何時まで、週に何日入ってるの、いつも入ってるのはこの時間、家はどの辺、いつからここで働いてる、矢継ぎ早に質問されて、私はえ、え、としか答えることができなかった。とにかく距離が近い上に目が怖いのだ。

「ちょ、ちょ、待ってください」
「すまないが俺は今興奮している」
「はい?」

 興奮?全く意味が分からない。無意識のうちにできた眉間の皺を見て、彼がふはっと笑った。相変わらず綺麗な顔だ。

「今日久しぶりに日本に帰って来てね。たまたまコンビニに寄ってみたら懐かしい顔を見たんだ。興奮くらいする」
「私のこと、覚えてたんですね」
「……。君も、俺のこと覚えてたんだね」

 あれ、何か声のトーンが変わった気がする。弾んでいた声が、低く、でも不機嫌な感じじゃなく、どこか甘ったるく……

「ひ、久しぶりって、今外国に住んでるんですか」

 慌てて話題を変えた。紙パックのカフェオレに伸ばした彼の指が綺麗だ。指を見ていたら、彼が私に視線を向けた。そして少し押し黙った。な、何この沈黙。

「違う、ただの出張だよ」
「あ、そうなんですか……」
「……」
「……」

 うわ、また沈黙。高校時代の知り合いとはいえ、そこまで仲が良かったわけじゃない。気まずくもなるよね、と仕事に戻ろうとした。今の時刻はきっと、17時前。次の人に代わる前にお弁当を並べてしまいたい。

「何時に終わるの」
「17時です」
「そう」

 結局彼は何も買わずに出て行った。よく分からない人だ。
 このコンビニに来る人は、皆このビルで働いている人だ。もしくはこのビルの会社の取引先の人。どちらにしても大企業なので私とは住む世界が違う。
 彼もこのビルの利用者ということは、高校時代と変わらずハイスペックを維持しているのだろう。
 王子様はさすがだなぁと思いながら仕事を続けた。相変わらず苦労もあるのだろうかと頭の片隅で気になりながら。

***

「やぁ」
「……あ、どうも」

 17時過ぎ、コンビニを出ると彼が立っていた。驚いて一瞬止まった。相変わらず爽やかだ。

「久しぶりに会ったから食事でもどうかと思って」
「え」
「ダメかな?」

 そんなに仲が良かったわけでもないのに食事に誘われる意味があまり分からない。首を傾けてニッコリと笑っている彼の真意を探ろうと瞳を見つめるものの、あまりにも綺麗な顔に戦意を失った。

「あの、でもどうして私……」
「前に一度アイスを奢ってあげたことがあったでしょ」
「え」

 ああ、そういうこともあった?かもしれない。よく覚えてるなぁ。成績もよかったし記憶力もいいのかな?

「その時の嬉しそうな顔をよく覚えてる。とても可愛かった」
「……」

 そんなに嬉しそうな顔したっけ?記憶を少し辿ってみるものの、そんなに重要なことでもないと私の脳が勝手に判断したのか全然辿り着けない。すぐに諦めた。

「だから美味しいものを食べに行こう」
「はぁ……」

 あまりよく分からないまま、彼に背中を押されエスコートされるみたいに歩き出した。
 彼が連れて来てくれたのは大衆的な居酒屋だった。なんか意外。ドレスコードがありそうなフレンチとか突然連れて行かれたらどうしようと思っていたから。それなら全力で断ってたけど。何故ならバイト上がりの今の服装はTシャツにジーンズだ。
 高校時代に私の足元にいた彼と並んでお酒を飲むのは不思議な気分だった。彼の横顔はやっぱり綺麗。そして意外とよく喋る。最近行った外国で見た変わった人とか、面白い友達の話とか。イケメンな上に話上手かよ。モテないわけがない。
 私のことも聞かれた。聞かれるままに答えた。最近いつセックスした?と聞かれた時も答えてからあれ今のセクハラじゃね?と思った。話術が巧みで流れのまま答えてしまうのだ。

「高校の時はずっと彼氏いたよね」
「ずっとじゃないですよ。1年の時と、3年の夏休みにできたくらいで」

 特に大した恋話じゃない。告白されて付き合って、ちょっとした理由で別れた。未練も特にない。先輩と関わりを持っていた時は彼氏はいなかった。

「あの、コンビニにいつも一緒に来てた、年上の……」
「ああ、あれ兄です。あの頃にはもう社会人だったので、一緒にコンビニ行ったら色々買ってもらえるしついていってたんです」

 先輩は口を開けたまましばらく固まっていた。あれ、どうしたんだろう。

「先輩?」

 顔を覗き込むように近付ける。……あれ、先輩も寄って来てない?あれ、当たりそ……

「先輩」
「……。酔っ払った。マンションまで一人で帰れそうにない」
「え、あ、送りますよ。私まだ平気なんで」

 その割にしっかりとした足取りでレジまで歩いた彼はお金を払って店を出た。奢ってもらうのは申し訳ないので返しますと言ったけれど、酔っ払ってそれどころじゃないと言われたから後で送って行った彼の部屋にお金を置いて帰ろうと思った。
 酔っ払っている割にタクシーを平然と止めた彼は、エスコートするみたいに「どうぞ」と私を奥へ誘導した。
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