side幸

「私、一人だね」

 お父さんとお母さんが真っ白な顔で横たわる部屋に、私は一人で立っていた。
 小学校に上がる直前の出来事だった。悲しいという感情もなかった。ただ目の前で起きている事実が本当に起こっていることなのかが分からなかった。
 二人はただ眠っているだけで。その内目を覚ましていつものように優しい声で「幸」と呼んでくれると。
 そう思いたかったのに冷静な自分が邪魔をした。二人はもう、二度と動くことはないのだと。幼いながらも分かっていた。
 周りの人は「小さいのに泣かないなんて偉いわね」と言いながらも、心の底では「親が死んだのに泣かないなんて変な子」だとか「表情がなくて気持ち悪い」と思っているのだろうなと思った。そんな人たちの前で、どうやって泣けと。

「綺麗な顔だね」

 聞こえた声に顔を上げると、隣にお兄ちゃんが立っていた。多分、高校生くらいだろう。誰だろうとかどうしてここにいるのだろうとか一瞬の内に色々考えたけれど、警察の人かと思ってそれ以上深く考える余裕もなかった。今思えば白いロンTにジーンズの警察官なんていないだろう。

「うん」
「君のお父さんとお母さん?」
「うん。二人でお出かけした時に、交通事故で死んじゃったんだ」
「悲しくないの?」
「悲しいよ」
「泣かないの?」
「泣いても二人は戻ってこないじゃない」

 泣くくらいなら。私は平気だよって、最後に笑顔を見せてあげたい。燃やされたら、もう見ることもできなくなる。今も見えないなんて、現実的に言えばそうだけど。

「君は強い子だね」

 お兄ちゃんは整った顔を少しだけ歪ませて微笑み、私の頭を撫でてくれた。どうしてだろう、その時、私よりもお兄ちゃんのほうが泣きそうだと思った。

「お兄ちゃん、泣きたい時は泣いていいんだよ」
「ん?」
「だってお兄ちゃん、泣きそうな顔してる」

 お兄ちゃんは一瞬目を見開いて、泣かないよと笑った。だから私も泣かなかった。


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