05

 父親の病室の前で美和は立ち止まった。俺が既にドアを開けた後だったから、父親は俺に気付いた。

「カナタくん、やっぱり美和は来てくれなかったんだね……」

 こけた頬が寂しそうに上がる。美和を見ると美和は涙を目にいっぱい溜めていた。そして俺を見上げる。頷くと、美和は決意したように涙を拭き病室に入った。

「美和……」
「おとう、さん……」

 病室のドアを閉める。ありがとう、父親の声が聞こえた気がした。
 病院の屋上に立つと、沢山の魂が下にいるのが分かる。消えかけているものも中にはいくつかある。

「カナタくん」

 後ろから名前を呼ばれ振り向くと美和がいた。沢山泣いたのか目を真っ赤に腫らしていて、目の周りは黒くなり見れたものではなかった。だが俺が見た中で一番、いい顔をしていた。

「話せたよ、ちゃんと」
「……」
「お父さん、私にどう接したらいいかわからなかったんだって。ほらうちお母さんいないじゃない?本当はすごく心配だったしすごく愛してるって」
「……」
「私も言えたよちゃんと。お父さんのこと大好きって。ちゃんと学校行くから心配しないでって」

 美和は俺の隣に立ち空を見上げる。

「お父さん、空から見守ってるからって言ってた。大丈夫だよね。お父さん、上見ればいつもいるもん」
「……ああ、そうだな」

 美和は晴れやかな顔で笑った。そして俺を見て言った。

「あーあ、折角ならカナタくんに一回抱いてもらえばよかったなー」
「……」
「私こう見えても処女なの。カナタくん、私の処女いらない?」
「いらねー」
「酷っ!いいもん、いつかお父さんみたいな素敵な人に出会って捧げるんだもん」

 そうだな、と言いながらくくっと笑う。美和は俺を見て初めて笑った!とはしゃいだ。確かに、そうだったかもしれない。

「美和、お前なら出会えるよ」

 かけがえのない、大切な人に。そうだね、そう言った美和はまた空を見上げていた。

「カナタくんにもお父さんいるの?」
「……ああ、一応。ほとんど会わないが」
「えー!カナタくんも一緒じゃん!人間と!」

 人間と一緒、か。ふっと笑い美和の頭に手をかざす。さよならだ。

「幸せになれ」

 美和は目を瞑りその場に座り込んだ。俺は屋上から出る。後ろから

「あれ、私なんで屋上に……」

 という声が聞こえた。


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