父親の病室の前で美和は立ち止まった。俺が既にドアを開けた後だったから、父親は俺に気付いた。
「カナタくん、やっぱり美和は来てくれなかったんだね……」
こけた頬が寂しそうに上がる。美和を見ると美和は涙を目にいっぱい溜めていた。そして俺を見上げる。頷くと、美和は決意したように涙を拭き病室に入った。
「美和……」
「おとう、さん……」
病室のドアを閉める。ありがとう、父親の声が聞こえた気がした。
病院の屋上に立つと、沢山の魂が下にいるのが分かる。消えかけているものも中にはいくつかある。
「カナタくん」
後ろから名前を呼ばれ振り向くと美和がいた。沢山泣いたのか目を真っ赤に腫らしていて、目の周りは黒くなり見れたものではなかった。だが俺が見た中で一番、いい顔をしていた。
「話せたよ、ちゃんと」
「……」
「お父さん、私にどう接したらいいかわからなかったんだって。ほらうちお母さんいないじゃない?本当はすごく心配だったしすごく愛してるって」
「……」
「私も言えたよちゃんと。お父さんのこと大好きって。ちゃんと学校行くから心配しないでって」
美和は俺の隣に立ち空を見上げる。
「お父さん、空から見守ってるからって言ってた。大丈夫だよね。お父さん、上見ればいつもいるもん」
「……ああ、そうだな」
美和は晴れやかな顔で笑った。そして俺を見て言った。
「あーあ、折角ならカナタくんに一回抱いてもらえばよかったなー」
「……」
「私こう見えても処女なの。カナタくん、私の処女いらない?」
「いらねー」
「酷っ!いいもん、いつかお父さんみたいな素敵な人に出会って捧げるんだもん」
そうだな、と言いながらくくっと笑う。美和は俺を見て初めて笑った!とはしゃいだ。確かに、そうだったかもしれない。
「美和、お前なら出会えるよ」
かけがえのない、大切な人に。そうだね、そう言った美和はまた空を見上げていた。
「カナタくんにもお父さんいるの?」
「……ああ、一応。ほとんど会わないが」
「えー!カナタくんも一緒じゃん!人間と!」
人間と一緒、か。ふっと笑い美和の頭に手をかざす。さよならだ。
「幸せになれ」
美和は目を瞑りその場に座り込んだ。俺は屋上から出る。後ろから
「あれ、私なんで屋上に……」
という声が聞こえた。