「こんにちは」
私は彼にそう言った。そう、私は彼が近い内に来ることを分かっていた。
「幸ちゃん、おはようでしょ」
「えっ、あ、そっか」
おばあちゃんが笑う。私も笑う。その人も、少しだけ笑った。ああ、笑うんだ。
綺麗な人。昔と、全然変わらない。
「おばあちゃん、これ服洗濯してきたからね」
「いつもごめんね」
「ううん。あと、おばあちゃんの好きなおはぎ。頑張って作ってみた」
「嬉しい、ありがとう」
形が綺麗じゃないし、味もおばあちゃんのには敵わないけれど。うまく出来たと思う。
「……幸ちゃん」
「……っ」
「泣かないで」
ああ、私一人になっちゃうんだな。怖い。怖い。怖い。綺麗な人は何も言わなかった。私は溢れてくる涙を何とか堪えて、笑った。おばあちゃんに、心配かけちゃいけない。
「学校行ってくるね。また帰りに寄るから」
「うん」
最後の瞬間まで、笑顔でいたい。
病院を出ると、後ろから「オイ」と声を掛けられた。声まで綺麗な人だ。
「神野幸だな」
「はい」
「俺は五条カナタだ。よろしく」
よく見ると彼は私の学校の制服を着ている。首を傾げていると、彼は私を振り返った。
「……お前、どうして俺を知ってるんだ」
警戒している目だった。切れ長の目の奥には鋭い瞳。思わず息を呑む。
「私が、小さい頃。あなたにとても似た人を見ました」
「……」
「でも今と全く変わらない姿だから、違う人かもしれないけど」
「だから目が合ったのか……」
彼は私の言葉を否定しなかった。やっぱり、あれは彼だったのか。両親が亡くなった時、隣に立っていたのは。普通ではありえないことだ。10年前と全く変わらない外見。でも、私は私の知らない世界はたくさんあると思っている。宇宙だとか、幽霊だとか。私には見えないものが、私の知らないところにたくさんあると。だから普通の常識では到底受け入れられないことも、受け入れる。受け入れるしかない。
高校に着くまで、彼との間に会話はなかった。