「兄ちゃーん、やっほー」
ドアを開けた瞬間に見えた能天気な笑顔に、俺は一瞬でドアを閉めた。ドアの向こうから「ちょ!兄ちゃん?!開けてよ!」と情けない声と共にドアをガンガンと叩く音。俺は深くため息を吐いた。
「今何時だと思ってんだふざけんな……」
「え、昼の1時だけど!もしかして寝てた?!」
「寝てるに決まってんだろうが。帰れ」
「あははお昼に訪ねて怒られたの初めて!お邪魔しまーす」
仕方なくドアを開けると、少しの隙間に滑り込んでくる。はぁ、とまたため息を吐いて弟の突然の襲来にやられたのだった。
「ねぇ兄ちゃん、今仕事してる?」
「ようやく片付いて次に行くところだ」
「お父さんが何か怒ってたよ。一つの仕事に時間かけすぎだーって」
うるせぇ親父だ。別に期間を設けられているわけではないのだからいいだろうが。
「俺みたいにあっさり仕事終わらせちゃえばいいんだよ」
「……」
「兄ちゃんは優しすぎる」
自分が優しいと思ったことはない。人間に同情などしたことはないし感情移入したこともない。ただ、性格的に何かを中途半端にしたまま魂を奪うのはどうかと思うだけで。親父が気に入らないのは俺のそういうところだろう。
アサヒは俺とは正反対に、親父に言われた仕事を淡々と片付ける。俺のように遺される家族と関わりを持つようなこともないし、魂を奪う張本人とも話さない。ただ、機械的に魂を奪うだけ。
「やりかたを変えるつもりはない」
「頑固だねぇ」
「別に親父に媚び売らなくても生きていけるからな。で、何の用だよ」
弟とは仲が悪いわけではないが特別いいわけでもない。家に来るということは何か用事があるということ。少しの沈黙。アサヒの表情は決して変わらない。胡散臭い笑顔のままだ。
「ヒカゲ兄さんがさ、今こっちにいるみたい」
「……チッ」
聞きたくない名前を聞いた。盛大に顔を歪める俺を見てアサヒがクスクス笑う。
ヒカゲ。俺とアサヒの兄貴であり、同じく死神だ。俺が事故死や病死を扱うのに対し、アイツは自殺や殺人を主に扱う。俺は昔からアイツが嫌いだった。
「相変わらず嫌いだねぇ」
「……アイツのことは一生理解できねぇ」
冷たい目、アサヒより数倍胡散臭い笑顔。人間の魂を喰らうため、まだ寿命が来ていない人間を唆し自殺に追い込む。思い出しただけで胸糞悪い。
「みんな割とやってるよ。ヒカゲ兄さんはちょっとやり過ぎなだけ」
淡々と話すアサヒ。確かにそうかもしれない。でも、俺には理解できない。
「兄さんは優しいね」
そんな笑顔で言われても全く嬉しくない。
「ま、それだけ。気を付けてねってこと」
そう言ってアサヒは帰って行った。