03

 駅に着くと、いつも通り学校へ向かう電車の列に並ぶ。あのおじさん、今日は新聞読んでないんだ。あのお姉さん、昨日と同じ服だな。あの人、初めて見る顔だ。何人いるかも分からないホーム。何でも覚えてしまう私にとってそこは頭がごちゃごちゃするからあまり好きでない場所だ。
 不意に反対側のホームに目を向ける。ちょうど滑り込んできた電車に乗り込んだあの人と目が合った。涼しく鋭い目が一瞬見開かれる。彼は有名な進学校の制服を着て私をじっと見つめていた。電車が動いて彼が見えなくなるまで、私たちの視線は離れなかった。
 彼は誰なのだろう。名前も知らない。顔しか知らない。分かるのは、10年前と今、彼の見た目が変わっていないことだけ。

「人間……?」

 思わず呟いた言葉が電車の音に掻き消された。

「おはよう幸」
「おはようちいちゃん」

 学校に着くと、ちいちゃんがそれまで話していた友達の輪を抜けて私のところに来る。それを見て、今までちいちゃんがいたグループの子たちが顔を寄せてヒソヒソと何か話している。私はそれを見ないようにしてちいちゃんの話に耳を傾けた。
 しばらくすると、ゴンと鈍い音を立てて隣の席に重そうなエナメルバッグが置かれた。隣の席の宮田くんだ。

「おはよう宮田くん」
「おう。神野もおす」
「あ、うん、おはよう」

 ちいちゃんと宮田くんは、私を気味悪がらないで話し掛けてくれるこの学校では珍しい二人だ。
 高校に入学したばかりの頃。高校の目の前で事故が起きた。被害者は宮田くんだった。自転車で登校していた宮田くんを猛スピードで走ってきた車が撥ねたのだ。混乱の中、私は事故の瞬間をしっかり見ていた。皆が遠巻きに見ている中、私は宮田くんに近付いた。蹲って痛そうに呻き声を上げる宮田くんの脚には大量の血。けれど私は冷静だった。

「大丈夫、宮田くん。血が出てるだけで傷はそんなに深くないはず」

 しばらくして救急車が来て、宮田くんは運ばれた。のちに、宮田くんの傷は本当に深くなく、後遺症などの心配もないことが分かった。
 そして、ひき逃げ犯もすぐに逮捕された。私が車の特徴や犯人の顔、全て覚えていたからだ。警察にも驚かれた。あの混乱の中そこまで覚えているのはすごいと。でも私は昔からそうだから何もおかしいと思っていなかった。
 違和感を感じたのは、その日からだった。昨日まで普通に話していたクラスメートが私を避けるようになった。すぐに理由はわかった。昔から、仲良くなればなるほど周りが自分を避けるから。高校では早かったなと思った。周りは私をこう思うのだ。

『記憶力がよすぎて落ち着きすぎて気味が悪い』と。

 昔から人の顔を覚えるのが得意だった。着ている服、人にとって忘れたい過去も。私は覚えていた。いや、忘れることができない、のほうが近い。皆私に見られないように私を避ける。変なことまで覚えられるのが怖いのだ。

「神野、英語の課題見せて」
「ちょっと、自分でやりなよ」
「はあ?俺は神野に言ってんの。ケチな松浦には言ってません」
「誰がケチよ」

 ちいちゃんと宮田くんの口喧嘩に笑いながら、周りの冷たい視線に耐える。これも昔からなので、もう痛くも何ともなかった。


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