02

 パチッと目を開けるとそこにはいつも通りの自分の部屋の天井が広がっていた。懐かしい夢を見た。私は寝起きで怠い体をゆっくりと起こし、鳴る5分前の目覚まし時計のアラームを外す。パジャマから制服に着替え、部屋を出る。いつも通り。何もかも。
 あの人は誰だったのだろうと、何故か今でも思わない。警察官や親せきではないことは分かっている、でも。怖いとも思わなかった。
 居間に入ると食パンを焼きココアを淹れるためにお湯を沸かす。両親が亡くなった後、私を引き取ってくれたのは母方の祖母だった。祖父を早くに亡くした祖母は広い日本家屋に一人で住んでおり、部屋はたくさんあるから好きなところを使いなさいと言った。
 私は祖母の部屋の隣、昔母の部屋だったところの隣の部屋を選んだ。日当たりの悪いその部屋は夏は涼しくて、なかなか快適。冬は縁側に言って祖母と二人日向ぼっこをするのが、私の幼い頃の楽しみだった。祖母は優しかった。幸は可愛いね、そう言いながら頭を撫でてくれた。
 私は多分祖母を困らせるようなことをしたことがない。それが逆に祖母にとって困ることだったのかもしれないけれど。小学校の時に担任の先生に「私には甘えられないのかもしれません」と相談しているのを聞いたことがある。けれど。私は十分甘えさせてもらっている。
 ふと時計を見るといつも家を出る時間の30分前。急ぐのが嫌いだからのんびり準備できるように目覚まし時計を早い時間にセットするけれど、目覚まし時計が鳴る前に自然と起きるようになったのはいつからだったか。そうだ、祖母が入院した頃からだ。ほら、やっぱり私は祖母に甘えている。
 広い家中の戸締りを確認して、私は時間通りに家を出た。通い慣れた家から学校への道中、最近一つ寄る場所が増えた。早起きは苦手ではないし早朝の澄んだ空気が好きなので苦痛に感じたことはない。ただ一つ、胸を抉るような事実が近くに迫っていることだけが痛い。

「おばあちゃん、おはよう」

 面会時間が始まったばかりの病院。顔見知りになった周りの患者さんたちに挨拶をしながら祖母のベッドに向かう。朝食を終えた祖母はベッドに座って本を読んでいた。

「おはよう、さっちゃん」

 そう言って笑った祖母の手は昔の柔らかい手とは似ても似つかない、皮と骨だけで固い。私は毎朝その手を撫でマッサージするように揉む。そうすると祖母が喜んでくれるから。お母さんが、亡くなる前に私にしてくれていたことだ。元々私達の間に会話はほとんどない。学校であったことも話さない。祖母は小学校の頃はよく「学校楽しい?」と聞いてきたけれど、私が「楽しいよ」としか答えないから聞くのをやめた。私はまだ、祖母に伝えきれていないことが沢山ある。だから、

「そろそろ学校行くね」
「いってらっしゃい」

 お願い、まだ、おばあちゃんを連れて行かないで。何故か頭に浮かぶのはあの日、お父さんとお母さんが亡くなった日に会った人。この前、ちいちゃんのおじい様が亡くなった日に病院ですれ違った人。10年以上経って見た目がほとんど変わっていないことには驚いた。でも同じ人だ、絶対に。忘れない。忘れたくても忘れられない、私の記憶の一部。涙が頬を伝って地面に落ちる。アスファルトに吸い込まれていく涙から目を逸らすように、私は空を見上げた。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -