置き去りの恋心

「田村さん、あの、これ」
「え?」
「よかったら連絡ください!」

 授業終わり、講義室を出たところで知らない男の子に髪を渡された。困惑していると、彼はすぐに私の前から去っていく。ちょっと、と声を掛けても彼は行ってしまった後だった。

「千里ちゃん、おはよ」
「結依ちゃん、おはよう」
「またナンパされてたね。さっすがちぃちゃんだなぁ」

 滝川結依子ちゃん、同じ学科だから授業が同じになることも多い。その上サークルも同じだから大学で一番仲がいいと言っても過言ではない。

「ナンパって、そんなんじゃないよ」
「だってそれ、連絡先でしょ?」

 四つ折りにされた紙を開いてみると、確かにそこには連絡先が書いてあった。紙で貰うと困ってしまう。捨てるわけにもいかないし、保管しておくにも場所に困る。はあ、と溜息をついて結依ちゃんと一緒に部室に向かった。

「私そんなの渡されたことないよ」

 結依ちゃんはとっても可愛らしくてお洒落だ。けれど人見知りなのか、あまり人に積極的に話し掛けているところは見ない。仲がいいのもサークルの人だけだって前に言っていたし、一緒に行動しているのを見掛けるのも同じサークルの女の子と水野くんだけ。水野くんは高校の時からの腐れ縁だって二人とも言っていた。私も同じ高校出身の人が同じサークルにいるけれど、あまりうまく話すことはできない。それは、人見知りとは違うところに理由があるのだけれど。
 部室に着くと、結依ちゃんはいた人に挨拶して入口に一番近い席に座った。結依ちゃんの次に入って、心臓がドクンと大きく高鳴るのを感じた。部室の一番奥のソファーで少年漫画を読んでいた人物、立花慶介くん。同じ高校で、私が高校生の頃から片想いしている人だったから。

「た、立花くん、おはよう」
「うん」

 立花くんは無口でぼんやりしていることも多くて、あまり喋らない。高校の時に喋ったのだって数回だけで、同じサークルに入って挨拶だってできるようになったのだからとても大きな進歩だ。
 カチカチに緊張しながら結依ちゃんの隣に座った。しばらくすると部室の外がガヤガヤと騒がしくなってドアが開く。入ってきたのは水野くんと二階堂くんだった。二階堂くんは私の向かいに座るとニヤリと笑った。

「さっきまたナンパされてたね」

 だからナンパじゃないってば!お願いだから立花くんの前でそういうこと言うのやめてよ……。立花くんをチラッと見ても全く気にする素振りがないのが悲しい。片想いなんだから当たり前だけどさ。

「え、なんで立花のこと見てんの?」
「ゆず、お前いい加減黙れ」

 とんでもないことを言い始めた二階堂くんに、いい加減空気読んでくれないかなと思っていたら二階堂くんの隣に座った水野くんが助け舟を出してくれた。その代わり、私にウインクをして。も、もしかして私の気持ち水野くんにばれているのかな……。ショックで俯いた私の隣で結依ちゃんが立ち上がった。

「私ちょっとコンビニ行ってくるね」
「結依、俺も行く」

 結依ちゃんの言葉に反応したのは立花くんだった。一緒に出て行った二人を見送った部室には沈黙が流れる。

「慶介って、滝川のこと名前で呼んでたっけ?」

 水野くんがポツリと呟いた言葉が、いつまでも頭から離れなかった。



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