……この日、私の人生は大きく変わった。
「あ、あの、神谷くん、私、」
体育館裏。昔から有名な告白スポットであるここで、私は今一世一代の告白をしていた。お相手は学年で、いや、学校で一番綺麗で色っぽい神谷友くん。彼女もたくさんいるみたいだし、特別になれるなんて思ってない。ただ、もうすぐ卒業だし気持ちだけでも伝えたい、と。そう思ったから。
神谷くんは興味なさそうに爪を弄っていて、早くも心が折れそうになる。でもここまで来たのだ。一つ深呼吸して、私は口を開いた。
「私、神谷くんのことが好きです!」
「いいよ」
「う、うん、分かってるの。まさか付き合ってもらえるなんて……え?」
「別にいいよ。付き合いたいんでしょ?名前は?」
「っ、む、向井一香、です」
「ん。一香ね。俺のことは友でいいから」
信じられない気持ちで目を瞬かせていると、神谷くんはニコッと微笑んだ。う……!笑顔が眩しい……!
「……でも、一つ条件があるんだ」
「え、」
いつもニコニコしている神谷くんが微笑みを消した時。どこか苦しそうで切なく悲しく冷たい瞳に、心臓を鷲掴みにされた。
***
「あ、あの、バイト希望なんですが……!」
突然お店に現れそう叫んだ私に、カウンターのところに立っていた男性は一瞬驚いた顔をした。き、緊張して心臓がバクバクいってる……!
それにしても、何て綺麗な人なんだろう。焦げ茶色の柔らかそうな前髪の奥に見える透き通るような瞳。ふっくらとした唇に見惚れていたら、彼は微笑んだ。ああ、何て魅惑的な微笑み。友くんに更に大人の色気をプラスしたような彼に、私はいっぱいいっぱいになっていた。
「お名前は?」
「っ、む、向井、一香、です……」
「高校生?」
「はい……」
「そう。じゃあまた来たい時に来てね」
え……。彼はそう言うと仕事に戻ってしまった。呆気なく潜入することに成功しちゃった。
「あ」
彼が突然顔を上げたから私はビクッと体を震わせた。
「俺は牧瀬翔。よろしくね、一香ちゃん」
名前を呼ばれただけで体がぽわんと熱くなる。この任務……、思った以上に危険かも?
「どうだった?」
お店の近くで待っていた友くんに、潜入が成功したことを報告する。友くんは満足げに微笑み私に一歩近付いた。
「ん、じゃあご褒美」
友くんの綺麗でゴツゴツした手が差し出される。私はドキドキと高鳴る心臓を何とか抑え込み手を握る。……冷たい。
「どんなだった?」
「え?」
「あそこの店長」
「えっ、あ……、すごく優しかったよ。色っぽくて綺麗で……、友くんみたいだった」
「……ふーん」
何か気に触ることを言っただろうか。友くんは顔を背けて何も喋らなくなった。冷たい手が更に冷えた気がする。友くんの話しかけるなオーラに私はそれ以上何も言えず、ただ黙って歩いたのだった。
***
「……でも、一つ条件があるんだ」
冷たくて切なくて悲しげな瞳で、友くんは言った。
「Cafe fleurってカフェの店長を好きなフリして近付いて」
「え……」
「理由は聞かないで。あんたはただ、そいつを落としてほしいんだ」
「……」
「で、もしそれが出来たら、他の女と別れて付き合ってあげる」
私には抗うことはできなかった。神谷くんに近付きたいという下心が少しと、どうしてそんな顔をするのか知りたいという、好奇心。
「一つずつ、ご褒美をあげる」
友くんは誰もが見惚れるような魅惑的な微笑みで私の頬を撫でた。近付いてくる顔にぎゅっと目を瞑る。息がかかる距離で、友くんは止まった。
「……俺を助けてほしい」
その呟きだけが友くんの本心のような気がして、私はもう何も言えなかった。