「血圧も安定してますね。そろそろ退院して大丈夫ですよ」

 看護師さんにそう言われ、お礼を言ってベッドを降りる。もちろん荷物はハンドバッグ一つしかないのですぐに病室を出た。
 病院には様々な人がいる。人が行き交うのをぼんやり眺めながら、思った。こうしてすれ違うだけの人が大半なのに、壮太と出会った意味。壮太と触れ合った意味。ドラマや小説なんかでよくあるようなこんなありきたりな考えを、気持ちを。私は今更ながら強く考える。
 ベンチに座って待っていると、会計に行ってくれていた成島くんが私を見つけてやって来た。

「何から何まで、お世話になって本当にごめんね」
「全然大丈夫です。送ります」

 成島くんはとても怖い人だと思っていたけれど、全然そんなことはなかった。沈黙が続いてもこの前みたいな気まずさはない。
 病院の前のタクシー乗り場にはタクシーがいなかった。待っていたらそのうち来るだろう。

「成島くん」
「はい」
「成島くんってとても優しい人なのね」

 そう言うと、成島くんが突然立ち止まった。不思議に思って振り返る。成島くんは目を見開いて私を見ていた。

「ど、どうしたの?」

 何か気に触ることでも言っただろうか。動かない成島くんの顔を覗き込んだら。

「っ、ひっ!」

 突然抱きすくめられた。成島くんの行動は突然が多くていつもビックリする。

「成島くん?!」
「同じこと言わないでください」
「えっ?」

 同じこと?成島くんは泣きそうな声でそう言うと、私の背中に回した手をギュッと強くした。周りの人の目もあるし、恥ずかしいから出来たら離してほしい。

「あの、成島くん……?」
「似てるんです」
「え?」
「昔すごく好きだったのに傷付けた人に、智花さんが」

 ああ、だから初めて会った時あんなに凝視して、覚えられてて、何かと気にしてくれたのかな?

「その人に同じこと言われた。俺が傷付けたのに。智花さんは違う人だって分かってるけど……」
「忘れられないんだね」

 成島くんは無言で頷いた。
 みんな傷を持っている。大なり小なり何かしらの傷を。それをみんな必死で受け入れて生きている。

「ねえ、成島くん。また今度さ……」
「とも!」

 名前を呼ばれた。反射的に呼ばれたほうを見る。私をそう呼ぶ男の人は壮太しかいないとか、こんなところに壮太がいるわけないとか、そんなことも何も考えずに。
 タクシーから降りてきたらしい壮太は私たちを見て怖い顔をしている。慌てて成島くんから離れた。……その後、壮太には関係ないのに、と自分で悲しくなった。

「壮太?何して……」
「電話出ないから職場行ったら倒れたって聞いた。俺より早起きなんて慣れないことするから……」

 そこまで言って壮太は口を噤んだ。そして何かを振り切るように首を横に振った。

「付き添ってもらったみたいでありがとうございました。もう大丈夫です」

 壮太は成島くんにそう言って頭を下げると私の手を引いて歩き出した。

「成島くん、ありがとうね!」
「じゃあね、智花さん」

 成島くんは微笑んで手を振ってくれた。
 壮太は一度もこっちを見ない。タクシーの中でも終始無言で、私も何となく気まずくて何も言えなかった。
 帰る、とも言えず、私は手を引かれるまま壮太のマンションの前でタクシーから降りた。

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