「あ、浩紀先輩!おはようございますっ!」
翌朝、着替えてリビングに降りるとありえない声が聞こえた。ビクッとして恐る恐る顔を上げる。そして俺は絶句した。
「寝起きの浩紀先輩、かわい、ふがっ」
ふんふんと鼻息を荒くして俺に突進してくるチワワの顔をガシッと掴んで動きを制する。そして呑気に鼻唄を歌いながら朝食の準備をしている母さんに尋ねた。
「……なんでこれがうちにいるの」
「こ、これって何だか先輩の所有物みたい……!」
「チワワは黙ってて」
うるうると瞳を潤ませて俺を見上げる顔はどう見ても発情した顔で、俺はあえて大袈裟にため息をつく。期待されても何もしないから、絶対に。
「そんなに可愛い彼女がいるなら言ってよ、浩紀。さ、菜月ちゃん、朝ご飯にしましょ」
「はいっ!うわああ美味しそうううう」
「料理は得意なのっ!さ、座って座って」
不安なのは年の割にキャピキャピしている母さんとチワワの気が合いそうなことだ。
「なっちゃん、オレンジジュースと牛乳どっちがいい?」
「あ、牛乳でお願いします!」
「りょうかーい、あ、兄ちゃんは自分で入れてね」
「……」
妹の柚希も既にチワワと仲良くなっている。ただ、一人例外。
「なっちゃんって高1?じゃあ俺と一緒……」
「ひっ」
チワワの男への恐怖心はやっぱり誰でも一緒らしい。弟の瑞紀が話し掛けるとさっと俺の後ろに隠れる。瑞紀はちぇーとつまらなさそうに頬を膨らませた。
「……いや、ちょっと待ってその前に。これ、俺の彼女じゃないんだけど」
「何言ってんの浩紀。彼女じゃなかったら家に来たりしないでしょ?」
「だから引いてるんだけど!!」
「いいから座りなさい」
母さんとゆずが俺の話を聞かないのは元々だけど、こういう時は心底嫌になる。息子がストーカーされてるのに普通その子を家に入れる……?家族の能天気さに呆れながらとにかく俺は食卓についた。早く準備しなきゃ学校に遅れる。……でも、この時間にここにいるということはチワワは一体何時に起きて準備したんだろう。もちろん制服を着ているしメイクもしっかりしている。ドン引きしながら見ていたら不意にチワワが俺を見た。
「あっ、ご家族の前じゃ恥ずかしいけど……」
「は?」
「私、先輩のお願いは無視できないから」
「だから、は?!」
「どうぞ!」
「うるさいいいから早く食べろ」
目を瞑ってキス待ちをしたチワワに冷たく言うと、チワワは何故か嬉しそうに「はいっ」と返事をしてパンをかじった。
「いってらっしゃい、なっちゃん、浩紀」
「お母さん、行ってきますっ!」
「……行ってきます」
よくもこんな短時間で、しかも朝のバタバタしている時間で、ここまで仲良くなれたものだ。後ろで「また来てねー」なんて呑気に手を振っている母さんにため息を吐いて、俺は駅への道を急いだ。