面倒ごとと無意識01

「家勝手に教えるとかやめてくんない」

 教室に着いてすぐ梨香の席に行ってそう言ったら、梨香は読んでいた雑誌から俺に視線を向けてすぐにまた戻した。

「いいじゃん減るもんじゃないし」

 いや、減っている。俺の中の一番大事なものが確実に減ってきている。そう、平穏という大事なものが。

「あのさ、ほんとに……」
「山瀬くん」
「呼んでるよー」

 シッシと手で追い払われて、イラっとしながらも俺を呼んだ彼女に返事をする。三上愛佳さん。俺と一緒に学級委員長をしている。
 思えば学級委員長に決まったのもあのバカップルのせいだ。たまたま決めたその日に俺が学校を休んで、メールで『学級委員長に推薦しといたから』と梨香から来てゾッとした。学級委員長になりたがる奴なんていない。推薦されるイコール決定ということだ。あの二人は俺に厄介事を押し付けてくる。イジメの域だ。

「あのね、羽田先生からポスター作ってって言われたの」

 ポスター。また面倒な。
 三上さんは真面目な優等生を絵に描いたような人で、学級委員長にも立候補したらしい。まぁ、言われたら断れない性格だから誰かに何か言われたのだろうけど。
 放課後にポスターを作る約束をして、俺は席に着いた。
 そして放課後。俺は三上さんと職員室に向かっていた。他愛ない会話をしながら歩いていても、いつチワワがどこから飛び出してくるか分からないから警戒しながらだ。正直疲れる。本当に平穏って大事だと思う。

「山瀬くん、塾同じだよね」
「えっ、そうなの」
「うん、クラス違うけど」

 三上さんはいつも学年で上位に名を連ねている。塾でも多分一番上のクラスにいるんだろう。

「すごいよね、三上さんは。俺も頑張らないと」
「えっ、そんなことないよ!山瀬くんもすごく成績上がったよね」
「うん、でもまだまだだなぁ。三上さんと同じクラスになるの目標に頑張る」

 えっ、と三上さんが言って。どうしたんだろうと振り向いたら、何故かぼんやりとした三上さんが階段を踏み外した。危ない、そう思った時には手を伸ばしていた。

「っ、危な……、三上さん、大丈夫?」

 何とか三上さんを抱きとめて、踊り場に座り込んだ。でも三上さんは動かない。不思議に思って顔を覗き込んだら、三上さんは真っ赤な顔をしていた。……え。

「っ、ごめ、」
「……いや、大丈夫だけど」

 平気ならなるべく早く立ってほしいなー、なんて。三上さんは今俺の膝の上に座っていて。咄嗟に抱いていた腰の手は既に離しているし、胸の辺りのシャツをぎゅっと掴んでいる三上さんの手だって、もう必要ない。人気のない階段と言えど、いつ誰が来るか分からないし。
 嫌な予感がする。恋愛とか正直面倒だし。誰かと付き合うつもりもない。ひしひしと感じる好意は、俺の肌に纏わり付いて。

「……三上さん」
「っ!」
「行こう、職員室」

 暗に早く退いてと言えば、三上さんは弾かれたように立ち上がった。どうやら怪我はないようだ。俺も立ち上がり、お尻の埃を払う。それから一言も話さないまま、俺たちは職員室に向かった。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -