ストーカーの心得02

 チワワは本当の犬のように俺を健気に追いかけてくる。その足音がトコトコと速く、何だかハァハァと聞こえるものだから。少しだけ歩く速さを緩めてやろうかと振り向いたら。

「……ゲ」

 チワワは上気した顔で俺を見つめていた。荒い鼻息は息が切れていたわけではなく、興奮していたようで。

「せ、先輩の後ろ姿、素敵すぎて興奮します……!」

 顔を真っ赤にして瞳を潤ませる顔は……

「……怖っ」

 俺は更に歩みを速くした。
 それにしてもどうして俺なんだろう。確かに昨日ストーカーから助けたけれど、別にそれは優しさからしたわけでもない。ただ巻き込まれてこのまま放置するのも面倒だと思っただけだし。別に特別イケメンでもない、優しくない、爽やかでもない。どうして……。もしかして、家に送るとか無理やりとは言え親切にしたのがダメだったのか。捨て猫や捨て犬は優しくすると懐いて離れなくなると聞いたことがあるし。もう家にも来るなってハッキリ言ったほうがいい。

 ……というか……、俺の家、どうやって知ったんだ……?ゾッとして振り向くといつの間にかチワワはいなくなっていた。諦めたのか、よかった。チワワに俺の家を教えた犯人は何となく想像がつく。学校に着いたら問い詰めてやろう。そう思って歩きだした時。

「可愛いね、今から遊びに行こうよ」
「わ、私は今、彼氏と一緒にいるので……っ」

 ……誰が彼氏だ誰が。

「えー?近くに誰もいないよ?ほら、行こう」
「っ、やだっ、せんぱ、」

 ……あー、ほんっとめんどくせえ。

「……ストーカーすんなら最後までしろ馬鹿」
「っ、せんぱい、」

 俺ってどうしてこうなんだろう。ナンパされてても放っておけばいいのに。こうやって助けるから図に乗るんだこのチワワが。チワワは涙を目にいっぱい溜めて、でも俺を見て安心したように笑った。犬を飼い始める人ってこんな気持ちなんだろうか。こうやって自分だけに懐いてるのは、悪くない気もする。
 チワワを囲んでいた男たちを冷めた目で睨んだ後、その場を後にする。いつの間にか掴んでいたチワワの手は少し冷たくて、でも俺と触れているところからどんどん熱を持って行くのが分かった。……ほんと、何で俺なんだろ。

「先輩っ、あの、」
「嫌ならもっとハッキリ断れ」

 どうせ断っても無理やり連れて行かれていたのだろうけれど。チワワは小さくて、細くて、無力だ。そんなことは分かっているけれど。自分が危ない目に遭っているのにハッキリ嫌だとも言えないなんて、イラつく。

「はい」
「……」
「頑張って断ります。先輩に誤解されたくないですし」

 ……何の誤解。

「私には先輩だけです。どれだけ先輩のことが好きか力説したら怖い人も諦めてくれるでしょうか」
「……まあ確かにやべー奴とは思うかもね」
「ではそうします。私は力もないし口も上手くないので、それくらいしかできません」

 チワワはふわふわして頭も弱いただの馬鹿かと思いきや、そうでもないらしい。ただ人よりちょっと愛情が重くて愛情表現が変わっているだけで。

「先輩、助けてくれたお礼に……」
「……何」
「私の体を好きにしてくださいっ」
「はあ?」
「私、先輩のためなら何でもできますっ。ピーーでもピーーでも」
「こんなとこで何言ってんだ馬鹿!」

 急いでチワワの口を手で押さえても、既に周りの視線は俺たちに集中していて。……やっぱり駅のど真ん中でとんでもない言葉を何のためらいもなく言いまくるチワワはただの馬鹿だ。俺に口を押さえられて息ができないこの状況も存分に楽しんでいるらしいチワワは顔を真っ赤にしてトロンとした目をしている。ため息しか出ない。

「……言っとくけど」
「へっ」
「どんなに色仕掛けしてきても落ちないよ」
「うっ」
「……俺がお前を抱きたいと思うようにせいぜい頑張れ」

 ふっと笑って歩き出す。そんな日は来ないだろうけどな。後ろから「うおおおお」と野獣のような声が聞こえてきたのは気のせいだと思うことにする。
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