私は今日も嘘をつく

 ガチャッと玄関の方から音がして、ぴくっと体が勝手に反応する。ぼんやりとしながら鍋を掻き混ぜていた私は、ピンっと背筋を伸ばした。

「ただいまー」
「おかえりなさい」

 リビングのドアを開けて入ってきた彼はにこやかにそう言った。私も精一杯の笑顔を作って返事をする。
 高価なスーツを身に纏い、彼の男らしい腕で存在感を主張する時計は一体いくらなのか。リビングのテーブルに鞄を置いて、ネクタイを外しながら彼がキッチンに入ってきた。

「今日のご飯何?」
「鱈の香味焼きと、きんぴらごぼう、それからひじきの白和えと具沢山のお味噌汁」
「うわ、今日ちょうど和食食べたいと思ってたんだよね。めちゃくちゃ嬉しい」

 キッチンはあまり広くないので、隣に立たれると必然的に距離が近くなる。私が掻き混ぜる鍋を覗き込んできた彼にドキッと胸が高鳴った。

 彼は、私の夫だ。広坂譲、27歳。今若い女の子に大人気の化粧品会社を経営している。
 彼との出会いは半年前。お見合いで。そんな彼とお見合いする私はデザイン会社に勤務する普通のOL。……と、言うわけでもない。私は普通。でも、父が普通じゃない。父は某銀行の役員。銀行役員の娘と、デザイン会社社長のお見合い。……つまり、政略結婚。
 彼は会社をもっと大きくするために、組織をもっと盤石なものにするために、銀行役員の私と結婚したに過ぎない。

「絵麻ちゃん?」
「っ、」

 ぼんやりしていた私の顔を譲さんが覗き込んでくる。だからさっきから近いんだってば……。

「疲れちゃった?絵麻ちゃんも働いてるのに、いつも家事してもらってごめんね」
「え、いえ、それは全然大丈夫です!私はほとんど残業ないから時間あるし、譲さんは忙しいから……」
「フルで働いてるんだから大変さは一緒だよ。お皿洗いは俺がするからね」
「ええっ、そんな、いいのに……」
「俺がやりたいからやるだけだよ。お腹空いた。ご飯食べよ」

 ちゅ、と頬にキスをされる。その時。

「……っ」

 今日も、だ。仕事から帰ってきた譲さんからはいつも違う香水の匂いがする。
 譲さんが私を好きじゃないことは分かっている。私はただの、駒。会社を大きくするための道具。分かっているのに。

「絵麻ちゃん?」

 好きになってしまった。誰にも渡したくない、私以外の人に触らないで欲しいと思うほどには。
 涙目になっているのを気付かれないように俯く。譲さんは優しいから、心配そうに私の顔を覗き込んできた。ぐっと奥歯を噛み締める。涙が溢れないように。

「ご飯食べましょう。私もお腹空いちゃった」

 ニコッと笑顔を作る。目の前の譲さんが息を呑んだのが分かった。
 気付かれないように、悟られないように。私は夫に今日も嘘をつくのだ。


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