様子がおかしい02

 ゼミが終わり、親友の紀穂は5限があると言ったので講義室を出たところで別れた。今日はバイトもないからゆっくり料理でもしようかな。
 なんて、思っていたら。

「うわ、雨……」

 外に出ると雨が降っていた。天気予報を見るのを忘れていた。折り畳み傘も一昨日使ってベランダで乾かしたままだ。夕立って感じじゃないし、これはしばらく降りそうだな……。

「傘、持ってないの?」

 突然声を掛けられて振り向く。そこにはやっぱり様子のおかしい彰くんがいた。彰くんならこんな場面でも完全に無視をするはずだ。

「え、あ、うん」
「そう。入る?家まで送るよ」
「えっ」

 やっぱり変!やっぱりおかしい!
 彰くんは爽やかな笑みを向けてくる。その無邪気な様子は明らかにいつもの彰くんじゃない。

「あ、あの、彰くん、何かあった……?」
「え?」
「な、なんかいつもと様子が違うなって……」
「そうかな?可愛い女の子が困っていたら助けないとね」

 この人絶対彰くんじゃない!!そう思ったものの、見た目は完全に彰くんだし、中身だけ違うなんて非現実的なことはありえない。何か信じられないほど大幅な心境の変化があったのかもしれない。

「入らない?」

 どくんっと大きく心臓が跳ねた。私の顔を覗き込んでくる彰くんの綺麗な顔から溢れ出る色気。色素の薄い瞳が私だけを見ている。初めての経験だ。

「入、る……」

 私は無意識のうちにそう答えていた。
 彰くんと相合傘をしているなんてとんでもない好奇の視線に晒されるのではと途中で不安になったけれど、意外と私たちを見ている人はいなかった。みんな突然の雨に気を取られていて、自分のことに精一杯のようだった。
 私のアパートは大学から10分ほど歩いたところだ。もちろん彰くんは私の家を知らないので案内しながら歩く。
 今までに感じたことのない柔らかい空気。いつも彰くんと話す時はナイフでブスブスと刺されるような空気と闘っているから、何だか不思議だった。
 一体彰くんに何があったのだろう。何か相当な事件がないとこんな変わり方はしないと思う。

「あ、ここなんだ、家」
「そう。濡れなくてよかった」

 そう言った彰くんの左肩は服の色が濃くなっている。私をかばって自分が濡れてしまったのだろう。

「彰くんごめん、濡れちゃったね!」

 鞄に入っていたハンカチで左肩を拭こうとした、その時。伸ばした手をガシッと掴まれた。綺麗な手。長い指。またどくんっと心臓が跳ねる。

「冷たい」
「う、うん……」
「あっためて?」

 様子がおかしいことには気付いていたのに。どうでもいいと思ってしまった私はダメな女だ。

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