エピローグ

「うっ、これも持って行かなきゃ……」

 キャリーケースに荷物を詰めながら、懐かしい部屋を見渡す。この部屋で関くんに出会って、一緒に住んでいたんだ。忘れられない、一生の思い出。関くんは私を忘れてしまったけれど……

「だからごめんって!事故だったんだから仕方ないでしょ?」

 いつの間にか私の部屋の入り口に立っていた関くんがズカズカと部屋に入ってきた。
 あれから数ヶ月。関くんの怪我も完治した。

「七瀬さん、実家に帰るだけなんだからこんなに荷物いらないよ?」
「あっ、そのグラスはみやちゃんとの思い出の品だからダメ!持って行く!」
「たった3日家空けるだけだから!」
「だって、人の記憶なんていつどうなるか分からないんだから……」
「だからごめんって!!」

 私たちは明日、関くんの実家にご挨拶に行く。
 関くんが退院してすぐ、私たちは私の実家に行った。数日間無断で家を空けた私にお母さんは怒り狂っていて、やっぱり殴られかけたけれど。私の前に関くんが立って代わりに関くんが殴られた。
 そして、二人で何度も訴えた。どうしても離れたくないこと。何があっても互いを好きなこと。お母さんは泣き喚いて勝手にしなさいと言った。でも、最後に言ったのだ。孫の顔は見たい、と。
 色々あったし、正直お母さんのことは恨んでいる。でもやっぱり嫌いになれないと思った。どんな人でも、大切な母親には変わりないのだ。

「七瀬さん、今日はお寿司の出前でも取ろうか」
「うん、そうだね」

 そう言って二人でリビングに向かう。荷物纏まらないな。明日の早朝には出発なのに。そもそも関くんは挨拶に行くと言っていたけれど何のご挨拶か……
 けれど、私はリビングに入って全てを察した。テーブルの上に小さな箱が置いてあった。ドラマなんかで見たことがある。キッチンに行ってしまった関くんの耳が赤い。私はそれを持って、関くんの背中に抱きついた。

「……関くんが、開けて」
「……恥ずかしいんだけど」
「……忘れたくせに」
「分かったから!」

 顔を真っ赤にしたまま、関くんが振り返る。そしてその箱を開けた。

「……結婚してください」

 箱の中にあったのは小振りなダイヤがついた綺麗な指輪だった。きっと私の好みを考えてくれたのだろう。照れ屋な関くんがこれを一人で買いに行ったのか。微笑ましいのになぜだろう。泣けてくる。

「本当に約束、果たしてくれたんだね」
「うん、まさか本当に果たせるとは思わなかったけど。20年も前の約束」

 ふふっと微笑むと、関くんはそれを大事に丁寧に私の指につけてくれた。嬉しい。しっとりと私の指に吸い付くようにはまる指輪。ぽろっと涙が溢れた。

「好きだよ、七瀬さん」

 ずっと思っていた。私はきっとこれから先も毎日関くんを好きになっていくんだろうなって。これはゴールでもピークでもない。私は一生関くんに何度も恋をする。頷くと、関くんは安心したように笑った。だから私も、笑った。そしてどちらからともなく唇を重ねたのだった。
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