門倉亜美の独白
『俺が高校生の頃。家のことで悩んでた俺の目の前に現れたのがガキの頃のアイツだった』鬼上司。そんな風に言われる彼を勇気を振り絞って誘い、ようやく食事にありつけたのに。彼が語ったのはセンパイとの出会いとセンパイへの想いだった。
『昔からアイツの家にはよく出入りしててな。アイツは全く覚えてねーけど……、アイツ親がすっげー厳しいのに驚くほど無邪気でさ。俺も親の厳しさが嫌になって家出ようなんて考えてた頃だったから、アイツが眩しくて仕方なかった』
いつも怖い顔してるくせに、優しい顔しちゃって。そんな話して私に諦めさせようなんて無理だから。そもそも七瀬さんには関くんがいるし。
『アイツが俺の部署に来た時は驚いたよ。それで、ゆっくり準備を整えたんだ』
『え?』
『俺は、アイツと結婚する』
諦めるだとか関くんだとか、そんなこと関係なかったのだ。その時初めて気付いた。
『協力してくれ』
灰皿に押し付けられた煙草と同じように、私の心もぐしゃりと潰れた瞬間だった。
***
「いいんですか、あれで」
夜の病院。月明かりの中、二人が抱き合っている。部長は隣で二人をじっと見ていた。
「……うん、まあ俺も頑張ったよ」
二人を引き裂いて婚約者になって、関くんを騙して、七瀬さんも騙して。私が関くんを好きだと思わせて諦めさせようとまでして。私の心も踏み躙ったくせに。
「随分簡単に諦めるんですね」
「簡単じゃない。今までのは、しつこい俺の気持ちを昇華するための過程だよ」
「勝手な人。どれだけ沢山の人を巻き込んだと思ってるんですか」
「そうだな」
横顔がどこか晴れやかだから更に腹が立つ。それでも気持ちを捨てられない自分にも。私はどこかダメ男に惹かれるところがあるらしい。今までの彼もそうだった。
「なあ、門倉」
「……はい」
「また付き合ってくれ。飲みに」
「……仕方ないですね。そこまで頼むなら」
「ふっ、まあ、頼むよ」
ぐしゃりと髪を大きな手で撫でられて。簡単に今までのことも許してしまうのだからどうしようもない。まあ、二人は幸せになるんだから多少傷付いてたとしても許してよね?この、どうしようもないダメな人を。