03
「で、どうするの?」
「えっ」
突然の彼女の登場と修羅場の予感に固まっていた俺に、彼女が尋ねる。表情は柔らかい。
「私今から帰るけど。一緒に行く?」
『どうする』の意味がわかった。私と行くのか、彼女と行くのか、どっちだってことだ。
彼女の表情は変わらない。もし俺と彼女の立場が逆ならどうだったろう。俺はきっと冷静でいられない。
「トウコは……」
「なに?」
「いや、何でもない。行こう」
俺は腕に抱きついていた女の子の手を離し、トウコの腰に手を回した。後ろから女の子が恐ろしい罵声を浴びせているけれど、聞かないようにした。だって怖いもん。
こうやって寄り添って歩いている間。トウコは何を考えているのだろう。3年一緒にいて、トウコのことは何でも分かった気になっていた。でも実は何も知らなかったのかもしれない。トウコは俺に何も見せてくれていなかったのかもしれない。
「トウコ」
もう無理だった。こんな宙ぶらりんのまま、生殺し状態で放っておかれるのは。俺は自分の人生をかけたプロポーズをしたのだ。それを無視しているのは、酷いと思う。
「何?」
少し前を歩いていたトウコが振り返る。可愛いと思う。愛しいと思う。そばにいたいと思う。だから、頼む。
「結婚したい」
トウコは一瞬目を見開いた。その驚きはどういう意味?だって俺、昨日も言った。しつこいとかそういうことなら、何とも言えないけど。
「無理だよ」
トウコの言葉に失望、ショック、そして怒りが湧いた。
「理由くらい言って」
何とか感情は抑えつけた。冷静に言ったつもり。なのにトウコは首を振った。
「ノリくんは私なんかには勿体無いよ」
更に怒りが湧いた。もう感情も声も抑えるのは無理だった。
「勿体無いって何、俺はトウコがいいって言ってるのに」
前を向いてしまったトウコの腕を引く。こっちを向いたトウコの瞳には涙が溜まっていた。トウコはあまり泣かない。いつも明るく笑っていた。泣いているのを見たと言えば、動物モノの感動映画を観た時、それから……。トウコのことなら何でも鮮明に思い出せる。だって、俺は。
「愛してるんだよ、トウコのこと」
不思議と恥ずかしくなかった。こんな小っ恥ずかしいセリフを自分が言う日が来るとは思わなかったけど。恥ずかしくない。俺はトウコを失いたくない。
「ごめんね」
トウコは俺の腕を振りほどいて去って行った。俺はその小さな背中を見送ることしか出来なかった。好きなのに。トウコしかいないって本気で思うのに。トウコのことが、分からない。