ほどけた呼吸が溶けていく

「唯香?」

 退社しようとエレベーターの前で待っていたら後ろから名前を呼ばれた。私を名前で呼ぶのは社内ではヤスくんしかいないので声が違うことにも気付かず期待して振り向く。よく考えたらヤスくんが社内で普通に名前で呼ぶわけないのに。

「あっ……」

 そこにいたのはヤスくんではなかった。大学生の時に1年ほど付き合っていた人だった。サークルが一緒で、告白されて、気の合う人だと思ったから付き合った。でも結局「思ってたのと違った」と言われて振られた。思ってたのって何、と多少悔しい思いはしたけれどすぐに忘れた。

「唯香ここで働いてたんだ」
「何でここにいるの?」
「営業で。うちの会社の取引先なんだ」
「そう」

 エレベーターがなかなか来ない。気まずくて俯く。

「なあ」
「何?」
「俺また唯香に会いたかった」
「え?」
「ずっと忘れられなかったから」
「……」
「また付き合いたい」

 顔を上げた。だって私にはヤスくんがいるし他の人には正直興味もない。エレベーターがいつの間にか来ていた。その中で、ヤスくんが固まっていた。

「あっ……」
「お疲れ様」

 私と目が合って動き出したヤスくんはすぐに逸らして私の横を通り過ぎる。思わずその背中に縋り付きたくなって、やめた。周りに人がいる。付き合っていることも、結婚することも、まだ誰にも話していない。バレている人はいるけれど。

「唯香?」

 やめて、もう名前で呼ばないで。立ち尽くす私を彼は気にしていたけれど、私の頭の中はヤスくんでいっぱいだった。

 ヤスくんが私たちの新居に帰ってきたのは洗濯物を畳んでいる時だった。

「おかえり」
「ただいま。あー、俺も手伝う」
「えっ、いいよ、疲れてるでしょ?すぐご飯するから」
「疲れてるのは唯香も一緒でしょ。ご飯温めるだけ?なら俺がご飯してくる」

 普通すぎて怖い。固まっていたから多少は動揺していたと思う。でも今の態度を見る限り、あまり気にしてないのかな?怖い。どうしよう。私どうすれば、

「唯香」

 突然名前を呼ばれて顔を上げたら目の前にヤスくんがいた。その瞬間キスをされて、目を見開く。頭の中はパニックで、でも深いキスにどんどん思考が奪われていく。

「んっ、やす、」
「やっぱダメだわ」
「えっ、……きゃっ」

 突然抱き上げられる。目の前のヤスくんは真剣な顔。どういう状況、これ、何で、とまた思考が回らなくなったけれど、ベッドの上に降ろされたのは分かった。

「ごめん、かっこ悪いけど。今すっげー唯香のこと抱きたい」
「えっ、ヤスく、」

 キスをしながら次々と服を脱がされていく。下着まであっという間に剥がされて、恥ずかしいと思う間もなくヤスくんのキスが全身に降ってくる。食べられているような気分になって、でもヤスくんだと何をされても怖くなくて、むしろ触れられるのが嬉しくて。

「あっ、んっ、んん」
「唯香、もっと声聞きたい」
「ああっ!あっ、やすく、」

 うつ伏せになっていると少しお尻を上げさせられて、後ろから指が中に入ってきた。気持ちいいところを擦られて声が勝手に出る。身体がピクピクする。

「やっ、あっ、きもちい、だめ、」
「出そう?いいよ、出して」
「やだ、だめ、シーツ濡れちゃ、やっ、あっ、あんんぅっ」

 必死で我慢していたのに、ぴゅ、ぴゅ、と液体が飛ぶのが分かった。恥ずかしくて、気持ちよくて、ヤスくんの指をきゅうきゅう締め付けてしまう。
 指が抜けたと思ったら、そこをペロリと舐められる。濡れたところを拭うように丁寧に、気持ちいいところを正確になぞるように。

「ヤスくん、もうダメ、恥ずかしい、」
「唯香可愛い。好きだよ」

 私は今でも、付き合い出してからもヤスくんに好きだと言われると嬉しくて仕方なくて幸せすぎて怖くなる。こんなに幸せでいいのかって、いつも思う。

「ヤスく、好き、」
「……うん」
「すき、っ、あああっ」

 後ろからヤスくんの大きいのが入ってくる。すごい圧迫感に私はシーツをぎゅっと掴む。息が出来ない。ヤスくんはお尻に手を置いて逃げられないように固定する。私の中はヤスくんのに絡み付いて締め付ける。ずるる、と抜かれた後、すぐに奥まで入ってきて。私は叫ぶみたいな声を上げた。

「あああっ、やすく、奥、きて、あんんっ」
「唯香、すっげー気持ちいい……」

 ギリギリまで抜いて、また奥を突かれる度、ゾクゾクと身体中を快感が駆け巡る。身体は勝手にビクンビクンと痙攣して止まらない。気持ち良すぎて息が出来ない。
 ヤスくんはお尻を揉んで、激しく腰を打ち付ける。パチュパチュといやらしい音がして、恥ずかしいのに興奮する。後ろから抱き締められたと思ったら胸を揉まれて。指で乳首をくりくりされるともうたまらなく気持ちよくて声が勝手に出た。

「唯香、顔見せて」

 一度抜かれて仰向けにされる。ようやく見えたヤスくんの顔は興奮しきっていて、でも優しくて。

「ヤスくん、好きぃ……」

 甘えるみたいに手を伸ばす。ヤスくんは優しく微笑んでぎゅっとしてくれた。

「んんっ、はぁ、きもちい、」

 また一つになって、見つめ合って、キスをする。気持ちいい、ヤスくん大好き。それ以外の感情が頭の中から完全になくなってしまうほど。

「唯香、イキそ……」
「んっ、あっ、ヤスくん、きて……」

 目の前にあるイキそうなヤスくんの顔を見てまた気持ちよくなって。吐息が混じり合う。激しくなった腰の動きに翻弄されながら、ヤスくんの頬に手を当てた。

「好き……」
「っ、イク……っ」

 ヤスくんの腰が押し付けられる。一番奥で欲望が弾けるのが分かった。どくり、どくり。ヤスくんの精子が私の中を満たしていく。うっとりしながらそれを感じていると、ヤスくんが首筋にキスをした。

「唯香は俺の」

 そこでようやく気付いた。実はヤスくんが嫉妬していたことに。

***

「唯香」
「あぁ……」

 社内でまた元カレに会った。思わず周りにヤスくんがいないか気にしてしまう。

「幸せそうだな」
「えっ」
「望みないのは分かってたよ。付き合ってる時から全然俺のこと好きじゃないってことも」

 バレていたのか。いや、好きじゃなかったわけじゃない。好きだとは本当に思っていた。ただ、ヤスくんのことが忘れられなかっただけ。

「この前すれ違った人?」
「……」
「隠しても分かるよ。唯香のあんな顔初めて見たから。好きで好きでたまらないですーって顔」
「そんなこと……」

 あるかも。でも彼に分かったということは他の人にもバレているかもしれないということで。一応まだ結婚することは話していないから……

「幸せにな」

 ごちゃごちゃ考えている間に彼は去って行ってしまった。
 その後、部署の人たちに結婚することを報告したら、みんなに「今更」と言われてしまったのはまた別の話。

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