八年ぶりの事件4

 お姫様抱っこを男の人にされたのは初めてだ。意識がある中では。酔っ払って日向や響に運ばれたのはノーカウントである。ヤスくんの力強い腕を感じると同時に、息遣いさえ感じる距離で。
 ヤスくんはリビングを出て、玄関を入って左側にあるドアを開けた。ああ、ここが寝室だったのか。ダークブラウンのベッドカバーが目に入った次の瞬間、ふかふかとしたベッドの上に降ろされていた。ギシッとベッドが軋む。私の脚を挟むように跨って、ヤスくんの顔がぐっと近付いた。

「……唯香」

 ヤスくんが、男の顔してる。きゅんと胸が疼く。だって、あのヤスくんが。昔は平気で私の前で上半身裸になって、一緒に風呂入るかなんて笑ってたヤスくんが。今、私を男の目で見ているのだ。
 緊張とか、シャワー浴びてないのにとか、そんなの全部超えて。ただそれが嬉しいと思う。ずっと触れてほしかったのだ。その唇で、その指で、その肌で。涙が目の端から溢れた。

「うっ、え、ごめ、」
「違う、嫌じゃないの……っ」

 だからやめないで、お願い。私の涙に気付いて離れようとしたヤスくんの肩を握る。ダメだ、涙が止まらない。

「唯香」

 ヤスくんはその大きな手で頭を撫でてくれた。昔から、大好きだった。お父さんに撫でてもらうより落ち着いた。この手が、昔から大好きだったの。

「ごめっ、違うの、私」
「うん、大丈夫。大丈夫だから」

 ずっと大好きで、何度も振られて、私じゃダメなんだと思い知らされて。それでも好きだった。この人以上に好きになれる人はいない、そう思ってきた。

「ヤスくん、大好きなの……っ」
「……うん」
「ずっとずっと、好きだった」
「……うん」
「そのヤスくんが、私を見てるのが信じられなくて、夢なんじゃないかって、思って……」
「唯香」

 起き上がったヤスくんが私の手を引いて、ぎゅっと抱き締められる。背中に回った手は力強くて、そして優しい。頭を撫でてくれる手はそのまま。子どもの頃に泣いてしまった時、抱き締めてくれた匂いは一緒。違うのは、ヤスくんがもっと大人になって、私も大人になったこと。

「……正直、今俺の中で理性と本能がすげー闘ってる」

 耳元で聞こえるヤスくんの声も、鼓動も。私が知っているもので、知らないもの。

「俺の話、ちょっと聞いてくれる?」

 頷くと、ヤスくんはそのままで話し始めた。
 今まで、付き合ってきた彼女に執着できなかったこと。どこか冷めていて、誰といても浮気してても何も思えなかった。別れようと言われても、いいよと普通に言った。何も思わなかった。彼女が欲しいと思ったこともない。面倒だとしか思えなかった、と。

「唯香は小さい頃からよく知ってるし、可愛いと思うし、幸せになってほしいと思う。他の男の隣にいるの見たらちょっと悔しいとも思う。でもこんな俺じゃ、唯香を幸せにできないと思う」
「……ヤスくん、」
「今はまだ唯香を女の子として見始めたばっかりで、俺の欲とかそんなんで簡単に手出して結果傷付けることになるのが怖い」
「……うん」
「だから、ごめん。もうちょっと待って。俺の中で唯香を幸せにできるって覚悟が出来るまで。勝手なことばっか言ってごめんな」

 必死で首を横に振った。そうやって私のことを真剣に考えてくれるのが嬉しい。私を自分の手で幸せにしようと思ってくれるのが嬉しい。妹にしか見えないと言われた頃からしたら、大きすぎる進歩だ。

「ヤスくん」
「ん?」
「大好き」

 少しだけ背を伸ばして、ヤスくんの頬にキスをした。ヤスくんはそれだけで顔を真っ赤にして私から距離を取る。

「こ、この、小悪魔……!」
「えー」
「俺が理性総動員してんのに、そういうことすんな……!」

 頬を押さえているヤスくんの手を握って、ヤスくんの胸に頬を寄せる。ああ、幸せ。

「いつか私をヤスくんのものにしてね」
「だから……!」

 これは、私の本心。……さっきのキスはちょっとからかったけど。

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