ヤスくんの家のテーブルでヤスくんが目の前で私が作った料理を食べている。何だかまだ信じられない光景だ。普通の幼馴染ならありえるのだろう。だって日向も響もよくうちに来てご飯を食べる。でも私たちは普通の幼馴染じゃない。私がヤスくんを一方的に好きになって、何度か振られている。
「唯香って何でもできんだな」
「え?」
「昔からしっかりしてたもんな。俺今まで女の子にご飯作ってもらったことない」
「そう、なんだ……」
じゃあ、私が初めてヤスくんにご飯を作ってあげた女の子なんだ。こんなに小さなことで喜ぶあたり、私は全然成長していないと思う。中学生の初恋みたいだ。
ヤスくんはすごい勢いで平らげて、美味かったーと幸せそうに呟いた。そんなに美味しかったなら、毎日作りに来ますけど?その言葉は勇気が出なくて思うだけだった。
片付けをしようとキッチンに入ると、ヤスくんが後ろから追いかけて来た。
「唯香作ってくれたから片付けは俺がやる。座ってて」
「え……大丈夫?」
「大丈夫。母さんみたいに洗い物してて皿全部割るほど酷くはない」
「ぷっ、あはは、そんなこともあったね」
あった、あった。その後流血騒ぎを起こしてお皿洗いも禁止になったのだ。懐かしい出来事に笑いが止まらない。ハッと気付くと、ヤスくんが優しい目で私を見ていた。
「な、なに……」
「ううん、その笑顔久しぶりに見たなーと思って」
「えっ」
「俺と再会してから唯香ずっと顔強張ってたから」
「ご、ごめん」
「ううん、安心しただけ。ほら、座ってて。カフェオレでも淹れてやるから」
「うん」
リビングのソファーに座ってぼんやりとテレビを見る。でもさっきのヤスくんの優しい顔が頭から離れない。あんな顔で見られたこと、今まであるかな。うう、やっぱり大好きだ……。しばらくソファーでのたうちまわっていたら、ガチャッとリビングのドアが開く音がして慌てて座り直した。
「これ飲んだら送ってくよ」
「えっ、大丈夫だよ。まだ終電あるし」
「いやダメでしょ。女の子がこんな時間に一人で歩くとか襲ってって言ってるようなもん」
「お父さん……」
「違うから!男として!心配だってこと!」
確かにこうやって軽口を叩けるようになったのはごく最近のことだ。再会してからの私は確かに強張っていたと思う。昔みたいに戻っちゃいけないと思っていたから。でもやっぱり、こうやって気軽に話せるのは心地いい。
色々な話をしながらヤスくんの淹れてくれたカフェオレを飲んで。ゆっくりゆっくり飲んだのに、当然なくなる時は来る。その頃に芽生えたのは、帰りたくないなーって思いで。
「行くか」
ヤスくんが立ち上がる。私はヤスくんの袖を思わず掴んだ。
「ん?」
振り向いたヤスくんの優しい顔を見上げて。顔が熱くなっていくのがわかる。私はもしかしたらとんでもないことを言おうとしているのかもしれない。でも。
「か、帰りたく、ない……」
きっと困らせるよね。でも、でもでもでも。
「えっ」
「……」
「唯香、自分が何言ってるか分かってる?」
必死で首を縦に振る。私はもう子どもじゃないし。ヤスくんだってもうずっとずっと大人だ。
「……分かった」
近付いてきたヤスくんが背中と膝の裏に腕を回して。一気に近くなった距離に慌てる私を他所に、ヤスくんは私を抱き上げたのだった。