八年ぶりの事件

 必要と言われただけで、まだヤスくんは私を好きなわけではないと思う。冷静に、そう思うようにしている。

「柴崎さん、この入力間違ってる」
「すみません」
「竹田、7月分の資料は」
「はい、今持って行きます」

 お盆休み明け、会社で会ったヤスくんはいつも通りだった。あの夏祭りの後、別々に地元からこっちに戻って。その間も全く連絡はなく。まぁ、好きだとか言われたわけじゃないし。でも、ヤスくんって好きになったり付き合ったりしてもマメじゃなさそう。
 バリバリ仕事しているヤスくんを横目で盗み見る。まぁ、今のところはこれからも好きでいていいとお墨付きをもらったわけだし、それだけでいいか。
 今日は先輩が有給を取っていたので(お盆休みのハワイ旅行を未だ満喫しているらしい)、仕事がなかなか終わらなかった。基本的に残業はしないのだけれど、仕方ない。オフィスに残っているのはヤスくんと私、そして後数人だけだった。
 仕事に集中して、何とか1時間の残業で済んだ。お腹空いた。ハッとして辺りを見渡すと、もう誰もいなかった。ヤスくんも帰っちゃったのか。少し残念に思いながら帰る支度をする。その時だった。

「あ、お疲れ様」

 部屋に入ってきたのはヤスくんだった。その手には私の好きな甘いカフェオレが握られていて。

「も、もしかして待っててくれてたんですか?」
「まさか。そんなことしたら残業代もったいねーって会社に怒られるよ」

 そうは言うものの、彼のPCはもう暗かったし、デスクも片付いているし、多分私に気を遣わせないようにそう言ってくれたんだと思った。そこで、気付く。今、二人きりだ。あの夏祭りから二人きりになることは全くなかったから、その事実に気付いた瞬間ドキンと心臓が激しく高鳴る。二人きりだから何か起こるとか、そんな期待をしているわけじゃなく。進展させる、チャンスなのだ。何か言わなきゃ。動かなきゃ。ヤスくんが帰る用意を終えて立ち上がる。何か……

「唯香」
「っ、え」
「ご飯でも、食べに行く?」

 多分、頷くのが早すぎて少し引かれたんじゃないかと思う。それくらい、食い気味に頷いた。

「じゃあ行こっか」

 誘ってもらえて嬉しい。まだ一緒にいられるのが嬉しい。相当嬉しそうな顔をしていたのだと思う。ヤスくんが笑って私の髪をぐしゃっと乱した。
 でも、時間が悪かった。どこのお店もちょうど晩飯時のピークで混んでいた。どうしようかと悩むヤスくんに、私は何の気なしに言った。

「じゃあ私作ろうか?」

 と。そして、ヤスくんが言った。

「じゃあうち来る?」

 と。ヤスくんの部屋に行くのは、八年ぶりだった。

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