揺れるココロ

「おはようございます」

 エレベーターホールで見つけた後ろ姿に笑顔で声をかければ、ハッとしたように立花主任が振り向いた。声だけで分かってもらえるなんて、幼馴染って役得。

「あ、お、おはよう……」
「眠そうですね」

 ふふっと微笑みながらそっと背中に触れる。恋愛経験は豊富なほうだと思う。ただ、本当に好きな人には振り向いてもらえなかっただけで。
 私が昔とは少しだけでも変わったって思ってくれたら、とりあえずは一歩目だ。

「主任、おはようございます。柴崎さんもおはよう」
「竹田さん、おはようございます」
「お、おはよう」

 エレベーターに乗り込もうとしたところで竹田さんが走ってきた。主任、私、竹田さんの順番でエレベーターに乗り込む。ちょうど出社時間のエレベーターは満員で、体が密着する。緊張するのは仕方ないよね?でも、ここで固まってちゃ今までと一緒なんだ。

「主任」

 周りには人がいっぱいいるのに、壁際に立った私の目の前に立つ主任を呼んだ。少し屈んで、私の口元に耳を寄せる主任。……触れたい、本当は。主任に触れるのに理由がいらない関係になりたい。溢れてくる欲望は昔から変わらない。私はずっと前から、この人が好きなの。

「私、諦めませんから」

 ふわりと微笑んでそう言うと、主任は目を丸くして急いで私を見た。私の隣に立っていた竹田さんが「どうしたんですか?」と主任に聞く。主任は「えっ、あ、いや、何でも!」と動揺しまくっていたから、まずこの作戦は成功したらしい。

 その日の就業時間が終わる頃、竹田さんに食事に誘われた。私は了承した。主任も一緒なら、と。

「かんぱーい」
「乾杯」

 少し戸惑っているように見える主任は私の前に座っている。隣に座る竹田さんは私が誘いに乗ったことが相当嬉しいらしく、終始ニコニコしながらお酒を浴びるように飲んだ。

「唯香ちゃーん、可愛いよねほんと」
「酔いすぎですよ竹田さん」

 テーブルに突っ伏してしまった竹田さんは眠ってしまったらしい、すぐに動かなくなった。

「飲んだらすぐに寝るくせに、飲みすぎだっつーの」
「そうですね」

 心の中は二人になってしまったと半分緊張、半分パニックなのに、私は平静を装って微笑んだ。主任は店員さんに水を頼んで竹田さんに飲ませようとする。けれど酔って眠ってしまった竹田さんはもちろんそれに応えず、主任は途方に暮れたように元の席に座った。

「竹田がこうなったら帰るしかないね」
「少し、話しませんか」

 竹田さんの好意を使うようなことをして悪いと思う。でも、私にはもう後がない。使えるものは全て使わないと。
 主任は戸惑ったように目を泳がせて、一口お酒を飲んだ。

「八年間、主任はどんなこと思ってました?」

 会わなかった八年間。私は主任の人生を知らない。もちろん離れる前も再会してからも、彼の全てを知っていたわけじゃない。でも誰よりも近くにいた。家族と同じくらい。私の知らないこと、知りたいんだ。

「……んー、変わらなかったよ、特に。普通に大学卒業して就職して、今」

 私の人生は、主任に会わなくなったことで激変した。会いたくてたまらなかったし、寂しくて仕方なかった。でももちろん主任はそんなことなくて、私が会いに来なくなったことだって「最近来ないな」くらいにしかきっと思っていなかった。それが寂しくて辛いけれど、仕方ない。私の完全な片想いだったのだから。

「私は、寂しかったです」
「……」
「会いたかった。会いたくなかった。毎日毎日、その繰り返し」
「……」
「でも、仕方ないんです。私が選んだことですから」

 もしあの時、告白していたら。きっと結果は同じ。主任に気まずい思いさせて、結局は疎遠になっていた。

「また会った時、本当は会いたくなかった。でも、会えて嬉しかった。ずっと、好きだったんです」

 泣きそうになる。私の感情を揺さぶるのは、いつだって主任だけだ。

「私が会いに来なくなって、少しは寂しいと思ってくれましたか?」

 主任と目が合う。主任は目を丸くしていて、少しだけ目を伏せて頷いた。

「うん、寂しかったよ」

 それだけで嬉しいと思ってしまうのだからどうかしてる。少しだけ溢れた涙を拭いて、私は笑った。

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