変わらないもの

 振られた。今度は自分からやめたんじゃない。完全に振られた。
 あの後、立花主任は気まずそうに私を見ていて、八年前に血迷って告白したりしなくてよかったと思った。私は立花主任が好きだ。でも立花主任はそうじゃない。たったそれだけのことなのに。

「もうやだ……」

 笑顔で立花四兄妹を見送って、一人になった部屋に耐えられなかった。静かで、しっかり者の美晴ちゃんがしっかり片付けてくれたおかげで綺麗な部屋で。私はうずくまって一人泣いた。
 ゴールデンウィークが終わればまた仕事がある。そして職場には当然立花主任がいて、当然近くに行くこともある。私はその時涙を堪えられるのだろうか。今まで通り微笑んで、立花主任の部下でいられるのだろうか。
 テーブルの上の携帯が鳴っている。無視してソファーに座ってクッションに顔を埋めていた。でも、しつこい。こんなにしつこいのは二人しかいない。

「……なに」

 観念して出たら、電話の向こうから『声低っ!』と聞こえてきた。放っといてほしい。無視して切ろうと思ったのに、『待って待って待って!切らないで!』とすごく必死な声が聞こえてきたからもう一度電話を耳に当てた。

『唯香、平気?』

 響は優しい。日向みたいな分かりにくい屈折した優しさじゃなく、ストレートに優しい。

「……主任は?」
『美晴を駅まで送って行った。俺今一人だよ』

 だから話、聞く。響は何も言わなかったけれど、そう聞こえた気がした。

「……振られた」
『うん』
「私のことそんな風に見たことないって」
『そっか』
「もうやめなきゃ。私、さすがにしつこいよね」
『そんなことないよ』
「うう、う……好きだよお……」

 お父さんみたいな広い背中も、硬いくらい真面目なところも、女の子に慣れていないところも、全部。8年前と違う表情も全部、また新しく好きになった。好きじゃないなんて自分に言い聞かせながらも、ずっと見てた。仕事中、響の家に二人で行った時、飲み会、昨日も、今日私を振る時の困った顔だって。ずっと、見てたんだ。

『ねえ、唯香』

 電話の向こうで響が優しく語りかける。兄弟だからか似ている声は、私の心に優しく染み渡って。

『唯香はまだ何もしてないよ』
「……」
『8年前だって、諦めたフリして。今回も成り行きで気持ち知られて。唯香はまだ自分から何もしてない』

 響の言う通りだった。私は何もしていない。振られるのが怖くて。関係を壊すのが怖くて。傷付くのが怖くて。何も動いていない。

『諦めるのはまだ早いよ』

 響の、優しくも凛とした声に背筋が伸びていく思いだった。一度振られているんだもの。何も怖いものはないじゃない。また振られたら、この先どうするかはその時考えればいい。

「……うん、私頑張る」

 どうしても諦められないなら、振り向かせてみせる。

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