文化祭

「いいよ!ヨリちゃん超似合う!」
「あ、ありがと……」

 嬉しそうに目を輝かせる寧々ちゃんには言えない。座敷わらしが似合ってると言われても全く嬉しくない……。
 季節は秋。学校中が色めき立つ文化祭の時期。うちのクラスはお化け屋敷をやることになって、私も仮装をすることになったんだけど。おかっぱ頭のカツラに子ども用の小さな着物。寧々ちゃんは色っぽい雪女、みんなも怖がらせる気なんて全くなさそうな可愛い衣装を着たりしているのに、どうして私はこうなった。

「ぷっ」

 同じクラスの一条にはゲラゲラとお腹を抱えて笑われた。そして。

「日向に見せに行こうぜ」

 と。いやいやいや一番見られたくない人に見せに行くって正気の沙汰じゃない!
 必死で抵抗するものの、ズルズルと引きずられていく。自分爆笑してるくせに、みんなで私を笑い者にして楽しいか!
 隣のクラスだからあっという間に着いて、一条は立花くんを探す。何かの奇跡で今ちょっと買い出しに行ってますとかそんなことはないか、願ったけれど。

「悠介?何してんの?」

 願いは虚しく、いやむしろ、ちょうどどこかから帰って来たのか後ろから声が聞こえた。顔が上げられない。

「いや、早坂が面白……可愛かったから見せてやろうと思って」

 今完全に面白いって言いかけたな!!きっと数秒なのだけれど、全然変な間じゃないんだろうけど、私にとっては長すぎる沈黙の後。

「ほんとだ、可愛い」

 面白がっているようでもない、真面目な声が聞こえて思わず顔を上げた。

「あ、おかっぱだ。髪質がヨリちゃんと違う」
「えっ、え、うん」
「着物も可愛いね。でもちょっと短すぎない?俺は嬉しいけど」

 どうしよう、泣きそうかも。
 私のことをじっくりと見ている立花くんはクラスでやるらしいヴァンパイア喫茶の仮装をしていて、何だか色っぽいし。

「ここ、緩みやすいから気を付けてね」

 立花くんはトンと私の胸元を指で突いた。ヤバい、どうしよう、何かすごくドキドキする。

「……ダメだ、触りたい」
「っ、何言って……っ」
「お前らここ教室だってこと忘れんなよ」

 立花くんがもう一度手を伸ばして来たところで一条が間に入った。ひっ、忘れてた!幸いみんな自分の準備に必死で私たちを気にしている人もいない。私は恥ずかしくて、逃げるように自分の教室に帰った。でも何となく、帰りは足取りが軽かった。

***

 文化祭当日。お化け屋敷は大盛況で、忙しい時間を過ごしている。ちなみに私の座敷わらしも意外と怖がられていて、やりがいもある。
 休憩時間は立花くんと約束をしている。それと、夜の花火も。楽しみなことがあると他のことにもやる気が満ち溢れる単純な私は、座敷わらしの役を全うしていた。
 そして休憩時間。休憩に入るのが少しだけ立花くんより早かったからクラスに行った。隣のクラスには立花くんだけでなく牧瀬や吉岡くんもいるから、すごい盛況ぶりだった。
 もう時間もないし、列には並ばず外で待ってるか。ちなみにおかっぱのカツラは外した。これなら短めの浴衣を着ているだけに見えるだろう。
 しばらく待っていると、立花くんが教室から出てきた。上着を羽織っているということは休憩時間に入ったのだろう。顔が明るくなったのが自分でも分かる。手を振ろうとした時、隣に誰かがいることに気付いた。
 小柄で可愛らしい人だった。自然に立花くんの腕に手を掛けている。立花くんも他の女の子に向けるような愛想笑いじゃなく、少しだけ機嫌の悪そうな顔。きっと、気を許している人なんだとすぐに分かった。
 彼女は私服だった。高校の人じゃない。ということは……、確か、元カノってもう卒業してた気が……。
 思わず目を逸らした。そして自分の教室に逃げ帰った。立花くんに会いに来たのかな。だって腕組んでたし。でもまだ元カノって決まったわけじゃない。う、でも立花くんが気を許してる女の人なんて他に……

「あれ、ヨリちゃんどうしたの?日向は?」
「……っ、うん、違う人と会ってるみたい」

 寧々ちゃんにそう言って、着替えをしているクラスメイトの手伝いをすることにした。やる気は一気に萎れた。でも、他のことをしていないと不安で押し潰されそうだった。

「依子ー、立花くんが呼んでるよ」

 約束をしていたのだから、クラスに迎えに来るのは想像できた。なのに私は頭の中がいっぱいいっぱいでそれすらも忘れていた。
 どうしよう。他のところに隠れていればよかった。
 恐る恐る入口を見れば、立花くんと目が合って爽やかに手を振られる。さっきの人はどこかへ行ったのかな。明らかに、私より立花くんと親しそうだった。思わず目を逸らす。
 でも無視するわけには行かなくて、着替えを手伝っていた友達に声をかけて立花くんのところへ行った。

「探した。忙しかったの?」
「うん、まぁ」
「あんまり時間ないね」

 本当は15分前に立花くんのクラスに行った。……とは言えず。無言でいると、立花くんは私の顔を覗き込んでくる。

「何かあった?」
「……ううん、何でもない。私立花くんのクラス行きたい。牧瀬くんとかすっごいカッコいいだろうし」

 誤魔化すように笑って歩き出す。でも立花くんは立ち止まったままで。

「どうしたの?」
「……別に」

 あれ?何か不機嫌?
 立花くんはさっさと私を追い抜いて自分のクラスに行ってしまった。

「来てくれたんだ、ありがとう」
「うん、すぐ帰らないとだけどね」

 行列にしばらく並んで教室に入ると、牧瀬くんが接客してくれた。
 休憩時間は後少し。でも立花くんとは何となく気まずくて、早く終わってほしいと思っている。立花くんといる時に時間が早く過ぎてほしいと思ったのは初めてだ。

「ヨリちゃん何にする?」
「んー、ココアかな」
「確かコーヒー飲めなかったよね」
「よく覚えてるね!」
「うん。日向は?」
「……俺コーヒーでいい」
「了解」

 向かいに座っている立花くんから漂う不機嫌オーラがすごい。私何かしたっけ?待たせたから?でも会った時は怒ってなかったと思うし……。

「……コーヒー飲めないの」
「えっ、うん、まぁ」

 突然話しかけられて驚く。立花くんはそっぽを向いたまま、続けた。

「何で翔が知ってんの?」
「前自販機でジュース奢ってくれたことがあって……」

 それがどうしたんだろう?

「何で奢ってもらったの?」
「え?えーっと……何でだったかな?」

 正直覚えてない。ていうか何でこんなに質問攻め?
 必死でその時の記憶を探るも、奢ってもらったことにそんなに大した理由なんてない。多分自販機の前で偶然会って、「いつも日向がお世話になってるから」なんて言ってスマートに奢ってくれたんだと思う。牧瀬くんのことだから。

「ごめん、覚えてないよ」
「ふーん」

 機嫌が直らない。うーん、どうして……。あ、もしかして。

「た、多分牧瀬くんは奢ってくれると思うよ。立花くんにも?」
「え?」
「え?」

 牧瀬くんは優しいし……。
 私の言葉を聞いた立花くんはキョトンとしている。けれど徐々に眉間に皺が寄って顔が険しくなっていく。え、ええ……

「ヨリちゃん、俺は別に……」
「違うよね?日向は日向の知らないヨリちゃんのことを俺が知ってるのが悔しいだけだよね?」

 その時ちょうど飲み物を持ってきてくれた牧瀬くんがそう言った。
 え?立花くんの知らない私のこと?
 立花くんは呆気に取られたように牧瀬くんを見ていたけれど、次の瞬間ポンッと一瞬で顔が真っ赤になった。耳まで。

「え?え?」
「そうやってバレてるのが一番恥ずかしいんですけど……」

 え、えーっとつまり、嫉妬、ってことですかね……?

「大丈夫だよ。奢ったのもたまたま自販機の前で会っただけだし、コーヒー飲めないの知ったのも成り行きだし。ね?ヨリちゃん」
「えっ、え、うん……」

 カーッと顔を真っ赤にしている立花くんを見ていると、何だかこっちまで恥ずかしくなってくる。
 あ、もしかしてさっき急に不機嫌になったのも牧瀬くんと吉岡くんがカッコいいだろうなと言ったから……?
 て、照れるんですけど……!

「ニヤニヤしてないで早く行け!」
「うん、もう邪魔しないよ。ごゆっくり」

 ニコッと微笑んで牧瀬くんは仕事に戻る。残された私たちにはさっきとは違う気まずさが漂っていた。

「あの、さ」
「えっ、はい!」

 少しだけ赤みが引いた立花くんが私のほうを見ないまま口を開く。何か、とっても恥ずかしいこと考えてるけど。ちょっとでいいから、こっち、向いてほしいな。

「なんか、ごめん、ダサくて」
「えっ?」
「なんか余裕ねーわほんと……」

 ダサいとも思わないし余裕のないところを見せてくれるのも嬉しい。完璧とも思えるこの人が、私に弱いところを見せてくれているのだと思うと。

「夜、楽しみにしてるね。二人で過ごせるの」

 ようやく立花くんの目がこっちに向いた。照れてはにかむ立花くんを見て、やっぱりすごく好きだと思った。

 夜には規模は小さいものの打ち上げ花火がある。毎年この花火を彼氏彼女と見たいからと文化祭前にカップルが急増するのだ。
 去年は彼氏がいなくて友達と見た。とても綺麗だったし楽しかった。でも、今年は。

「日向、一緒に花火見てくれないとヤスくんに言いつけちゃうからね」
「はぁ?勝手に言えよ。俺は……」

 超絶帰りたい。
 あの、立花くんと昼間に話していた女の人はやっぱり元カノだったらしい。立花くんと待ち合わせしていた中庭のベンチ。そこを待ち合わせにしているカップルは多く、人が多い。その中で一際目立つ美男美女。
 私は柱に隠れて二人の動向を見守っているわけだけど、ここで出て行く勇気がないのだ。元カノと決闘して勝てる気がしない。大人だし、色っぽいし、綺麗だし。私が勝てる要素など1つもないのだ。
 立花くんに一緒に花火を見ようと強請っている彼女はすごく不機嫌そうで、気の弱い私が私はいいから彼女と一緒になんて言い出しそうで困っている。立花くんは彼女を無碍に扱いながらもキョロキョロと辺りを見渡しているからきっと私を探してくれているのだろう。
 帰りたい。逃げたい。……でも。やっぱり、立花くんと花火見たいんだよなぁ。
 グッと拳を握った。負けない。負けたくない。そして一歩踏み出そうとした、その時。

「葉月!」

 私の後ろから誰かの声が聞こえた。ビクッとなってまた柱の影に隠れる。
 声の主は元カノさんのところに走って行ってそして。

「ごめん!愛してる!」

 そんな台詞を吐いた後ぶちゅうっと熱烈なキスをした。うわあ、他人のキス見たの初めてだ。ていうか自分もしたことないから生でキス見るの初めてだ。うわあ、うわあ、うわあ。

「……こんなところで何してるの」
「ひっ!」

 いつの間にか立花くんが目の前にいた。

「あれ、新しい彼氏だって。何か会いに来たのはいいけど彼氏が女と話してんのが気に食わなくて当て付けに俺にイチャイチャしろとか言ってきて。ごめんね、嫌な思いした?」

 ブンブンと首を横に振る。静かな校舎。人の気配は感じない。みんなどこで見る予定なんだろう。立花くんはどこに行くつもりなんだろう。二人きりだし、月明かりに照らされる立花くんの横顔は、綺麗だし。ドキドキする。

「あー、もしかして昼間もアイツ見て怒ってた?ほんとごめん。もう何もないから。ほんとに」

 確かに昼間も不安になったような気がするな。でも、今はそれどころじゃないんだ。緊張して、手に汗をかいている。

「ヨリちゃん?」

 何も言わない私がまだ怒っていると思ったのか、立花くんが立ち止まって顔を覗き込んでくる。暗いから顔が真っ赤なことには気付かれないけれど。

「うっ、き、緊張する……」
「……」

 いつも歩いている廊下。暗いだけで、文化祭の夜なだけで、立花くんと二人きりというだけで、全く違うものに感じる。立花くんは、どう思ってる?不安ばかりだ。元カノとの決闘だって、結局なかったけれど逃げ腰だし。強くなりたい。自信を持ちたい。立花くんの彼女だって、胸を張って言いたい。

「……可愛すぎるんですけど」
「う、え……」

 手を引かれてぎゅうっと抱き締められる。柔軟剤のいい香り。立花くんの腕の中は、温かい。ドクドクと速い心音が、安心させてくれる。

「花火より、ヨリちゃんと一発打ち上げたい」
「全然上手くないし親父みたいだよ」
「……好き」

 コツンと額がぶつかる。頬は両手で包み込まれて。超至近距離で、まっすぐに見つめられて。

「ヨリちゃんも、好きって言って」
「……、っ、す、き」
「ふふ、何これ超嬉しい」

 唇がくっつきそうな距離でふわりと笑う。でもくっつかなかった。立花くんはまたぎゅうっと私を抱き締めて。緊張しすぎて吐きそう。でも、嬉しい。
 いつの間にか始まった花火が廊下を照らしていたけれど、正直それどころじゃなかったんだ。

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