10000Hit&お正月企画 | ナノ
おつかい日和(幸村)





携帯の地図を片手に、名前しか知らぬ街をふらふらと歩く。大方普通の街並みだけど、たまに、常緑の蔦が壁一面にはりついた家とか、清潔でこじんまりとした木造の協会だとか、映画に出てきそうなアンティークのお店とかがあって大変興味深い。歩くのは好きだけれど、こうやって冒険できるのは年末の暇さゆえ。わざわざ寒い中外を出歩いているのは、家中の床をワックスがけするからどっか行ってなさいとイタイケな中学生を追い出した我が両親ゆえに。
本屋でもあれば良かったのに、残念ながら見つけられない。春や秋なら公園でぼうっとするのもいいもんだけど、今の季節なら体を動かさないとこごえる。


そんなこんなで一時間ほどさまよっているうちに、優は巨大なホームセンターにたどり着いた。ずいぶん広い、立海大附属中の敷地くらいあるんじゃないかという広さ。敷地内には、売物別に建物があった。
ここはちょっと、面白そう。平日の昼間なのに、大勢の人で賑わっている。カートにお餅やら何やらを載せたおばあちゃんから、大型犬を連れた子供まで。案内板を見れば、日用品や工具の他に、インテリアからペットまでさまざまなものが売っているらしい。

ペットですと!?優は喜んだ。これは行くしかあるまい。仔犬!仔猫!あの愛くるしいもふもふに癒されたい。

足取り軽くペット館へ向かう。建物の周辺では、植木やら花の苗やらが売られている。その植物の間を通って、入口を目指してウキウキと歩いていると、正面から見たことのある人が歩いてきた。


「夏目さん?」

「あ、幸村くん?こんにちは」


彼は少し驚いたような顔をした。


「こんにちは。夏目さんってこのあたりに住んでいたんだっけ」

「ううん、隣の市だよ」

「どうしてこんな辺鄙なところに?お使いとか?」

「あー、それが横暴な話でね」


幸村くんとは3年生で同じクラスになったものの、近くの席になったことはなく、ほとんど話したことがない。それなのに突然ばったり会った今、こうして普通に話ができてしまうのは彼のカリスマ性がなせる技なのか。
見よ、目前に降臨した、彼のこの美しい姿を!つやつやとした肌、寒さのせいかわずかに赤くなったほほ、生き生きと輝く切れ長の目。華奢でもムキムキでもないバランスの取れた体躯、知的な物腰。一言で言えば神々しい。彼は普通の黒っぽいダッフルコートと、これまた普通の暖色マフラーを身に付けているだけなのに、史上最高のコーディネートをしているようにも見えてきた。うーん、同じクラスになれたというだけでも、実は奇跡的だったかも。

優がワックスがけの話をすると、彼は面白そうに笑い声を立てた。


「なるほど、それは大変だったね。俺はうちが近くでね、親のお使いで来たんだ」

彼の右腕には膨らんだ買い物袋が下がっている。左手には植物の鉢をひとつ抱えていた。それは濃い緑の葉を繁らせ、葉の下には小さくて真っ赤な実がいくつもなっていた。


「万両だね」


お正月に縁起物として重宝されるやつだ。優がそう言うと、幸村くんは目を丸くした。


「よく分かったね、千両と間違えやすいのに」

「小さいころ祖母に教えてもらったんだ」


ああなるほど、と言うと彼は買い物袋を覗き込んで、何かを探し始めた。
うーん、不思議な風景だ。考えても見ろ、あの幸村くんが買い物袋をあさっているんだぞ!これをミスマッチ、似合わない、むしろシュールと言わずになんと言う。
優は思わず呟いた。


「幸村くんも、買い物とかお使いとかするんだね」

「ふふ、そりゃあね。俺を何だと思ってたんだい」

「その……、テニスで華々しく活躍してるってイメージしかなかったもので……」


彼は鉢を地面に置くと、にっこりと笑って、買い物袋から小さな白い紙袋を出した。そこから出てきたのは、少しへしゃげた二つのたい焼き。


「おひとつ、よければどうぞ。少し潰れちゃったけど」

「え、いいの?」

「うん。本当は一つしか買うつもりなかったんだけど。一つだけ買うの、なんだか恥ずかしくて」


たい焼きからほくほくと立ち上る白い煙越しに、少し恥ずかしそうに笑う幸村くんが見える。
たい焼きとか恥ずかしいとか。美しい彼もしょせんは人の子、か。


(20101229)

[back]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -