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骨休めの難題(柳生)





年末年始は、どこの図書館も閉まってしまう。その前に借りだめしておこうと、優は地元の図書館で制限ぎりぎりの冊数まで本を借りた。借りた10冊を大きなエコバッグに詰めて図書館から出たところで、同じく図書館から出てきて自分の目の前を歩く男の後ろ姿に既視感を覚える。

声を掛けてみると、振り向いた男はやっぱり柳生くんだった。


「おや、夏目さんも、でしたか」


彼は、本の背表紙が見え隠れする優のバッグを見て微笑む。彼は分厚いハードカバーの本を数冊、手に持っていた。肩から掛けているトートバッグは本の形に膨らんでいた。
優はちょっと考えてから、自分のバッグに手を入れる。目的のものを取り出して、彼に突き出した。


「これ、使って」

「紙袋?いいんですか?」

「うん。自分で使うかもって思って持ってきたんだけど、使わなかったから」


柳生くんはちょっと逡巡してから、ありがとうございます、とそれを受け取った。彼は丁寧な手つきで折りたたまれた紙袋を開いて、几帳面に手に持っていた本を入れる。


「ハードカバーばっかり借りる予定だったんだけど、いろいろ見てるうちに気が変わっちゃって。結局文庫ばっかりにしたから、あんまりかさばらなかったんだ」

「そうでしたか、私とは逆ですね。私は文庫を借りようと思っていたのですが、結果はこの通りです」


柳生くんは苦笑して、トートバッグを開けて見せた。そこには知らない題名が並んでいて、優は瞠目した。


「それ……、どういう本なの?」

「これは推理小説の元祖、と言われている本ですよ。ディケンズです。今推理小説と言われて思い浮かべるようなものとは少し違うと思いますが」

「ディケンズって、クリスマス・キャロルのディケンズ?」

「ええ、そうです。少し意外ではありませんか」

「うん、とても!知らなかった、ディケンズってことは19世紀の初めくらいだね」


柳生くんと並んで歩く。街のあちこちでは、鏡餅や正月飾り、おせちのお総菜が売られている。あと数日で今年も終わる。不思議なものだ、実際は全てのことが毎秒毎秒変わっていくものなのに、新年を迎えた瞬間に、全てが一気にリセットされたような気分になる。


「夏目さんは、お正月はどうやって過ごされるんですか」

「おせち食べて、初詣に行って、親戚に挨拶に行って。することってそれくらいしかないから、毎年暇なんだよね。柳生くんは、お正月でもテニスの練習とかするの」

「運動はせいぜいランニングくらいです。お正月くらいはゆっくりしようと思いまして。それはそれで暇なのですが」

「基本的にやることがあんまりないもんね。冬休みの宿題もたかがしれてるし」

「ええ。ですが読書をする時間がたくさんあると考えれば、好ましいことだとも言えますね」


彼はにっこりと微笑んで、眼鏡を押し上げる。それは、私も同感だ。


「柳生くんって、推理小説好きなの?」

「ええ。ポーやドイル、クリスティ、クイーン……有名どころはだいたい読みました」

「それはすごい。クリスティって結構な数の作品があるじゃない」

「そうですね、短編まで含めればかなり。幼稚園児の頃から推理小説が好きで、時間ができるたびに、お正月になるたびにこうやって読みふけっていたものですから」


にこやかに言い放つ彼に、優は内心、愕然とした。……幼稚園児のころから?小学生の間違いじゃなくて?
横目で彼を伺うが、彼はいつもの微笑を浮かべたままだ。優はおそるおそる聞く。


「……幼稚園児に推理小説は難しくない?」

「ドイルのホームズシリーズなどは、子供向けの文庫でひらがなの多い翻訳もあるんですよ」

「いやその、文字の問題もあるけれど、むしろストーリー的に」

「そうですか?そんなことはないと思いますが。俗世で疲れた体の骨休めに、頭を使って難題を解くとすっきりしますよ」


きっと今の自分の顔は、盛大に引きつっていただろうと思う。彼の言う俗世の疲れが、テニスからくるのか勉強からくるのか、はたまた紳士的な態度を取り続けることから来るのかは分からないが。
どちらにせよ、彼のお正月休みは普通の人とはちょっと違うようだ。


(20101227)

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