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灯台もと暗し(越前)
灯台もと暗し
「ゆーきやこんこ、あーられーやこんこ、降ってーは降ってーはずんずんつーもる」
家の外に出てる時に雪が降ってくるなんて、なんてラッキーなんだろう。東京都心ではあんまり雪が降らない。一年に数回は降るけど、積もらずにすぐに溶けて消えてしまう。だから家にこもっている間に、いつの間にか雪が降って消えていたなんてことは当たり前。きっとこの雪も積もりはしないだろう。それでも雪の中を歩けるだけでも満足だ。ときどきほほにぺたりと張り付く冷たい感触が素晴らしい。
陽気に歌いながら歩いていると、隣から声が飛んできた。
「それ、恥ずかしいからやめてくんない」
「いいじゃんせっかくの雪だし、まだ13歳だからぎりぎりオッケーだよ」
「中学生って段階でアウトだと思う」
無表情で目を合わせようとしないリョーマに彼の本気を読み取って、優は口をとがらせた。ここで素直に引き下がるのは惜しい。
「これ、日本の童謡なんだよ。リョーマ知らないでしょ?教えてあげるから歌わせてよ」
「いや、知ってる」
「うそ、なんで知ってんの?ずっとアメリカで暮らしてたんじゃないの」
「小さい頃よく母さんが歌ってたから。犬は喜び庭駆け回り、ってやつでしょ」
「う」
言葉につまって、黙ったまま歩く。なんとか言い返せないかなあ。確かに、歌うたってたら周りの人からチラチラ見られてる気はしたけど。うーむ。
「そんなに歌いたいならカラオケにでも行けばいいのに」
考えていることまで言い当てられて、優はぶーたれた。どうせ、子供っぽいですよーだ。家に帰ったら大声で歌ってやる。
しばらく歩いていると、いつもの商店街に着いた。スーパーや薬局だけじゃなくて、いろいろなご飯どころもある。それぞれの店の通気口からもくもくと湯気が上がっていて、いい香りがした。
それに反応するかのように、優のお腹がなる。とっさにお腹を押さえたけれど、音が消えるはずもない。リョーマが気の抜けたような声を出した。
「……ほんと、子供っぽいんだから」
「中学生なんてどうせ子供だよ」
「そうやって開き直ってるところが子供なんだよ」
そりゃあそうなのかもしれないけど。すぐ横にあるおそば屋さんからは、美味しそうなお出汁の香りがふわりふわりと漂ってくる。もうお昼どきだもんなあ、お腹が鳴るわけだ。お金を持っていなくて良かった。持ってたら、ついふらーっと入ってしまいそうだし。
「ねえ、あれって本当に一般的な行事なんだ?」
おそば屋さんの前を通り過ぎようとしたところで、いきなりリョーマに服の裾をひっぱられて、優はたたらを踏んだ。今度は何だと振り返ると、彼はおそば屋さんをじっと見つめている。
彼の視線をたどると、そこには「年越しそば 宅配承ります」というポスター。家族でコタツを囲んでおそばを食べているイラストが描いてある。
「年越しそばのこと?」
「うん。日本ではどこのうちでも食べるって親父が言ってたんだけど」
「うん、まあたぶんそうだと思うけど」
「なんでそんなに自信なさげなの」
「だって、友達ともあんまり話題にしたことないし。でも普通は食べると思うよ」
ふうん、と言って彼は止めていた足を再び動かし出す。まったく、自由だなあ。彼の行動には理由があるし、クールじゃないというか、いわゆる「みっともない」行動はしないという規則性はあるようだけれども。
日によって言っていることが変わるわけじゃないから、彼は気分屋ではない。でもまるで猫みたいだ。そういえば大きな目と敏捷な動きも猫っぽい。
「年越しそばって『末永く達者で暮らせますように』って意味なんでしょ」
「え、そうなの!?意味とか考えたこともなかった」
「……ホントに大丈夫?」
「な、何よ。灯台もと暗しってやつよ」
「っふ、さすがにその程度のことわざは知ってるんだね」
「ちょっとバカにしないでよね!」
くったくなく笑うリョーマに、再び優はむくれた。私だけじゃないよ。こうやって笑っているリョーマはいつもよりも年相応に子供っぽく見えるんだから。
(20101227)
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