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見納め勝負(手塚)





キイ、とステンレスのドアが音をたてた。彼に続いて中に入ると、ゴムのような臭いが漂ってきた。これは何なのだろうか、新しいテニスボールの臭いなのか、それともラケットのグリップの臭いか。男子が使う運動部の部室なんてさぞかし汗臭いだろうと思っていたけれど、そこまでひどくはない。
人気のない部室は、四角くて無機質だ。手塚くんがぱちりと電気を付けると白い蛍光灯がともって、なおさら冷たい感じが強くなる。彼はいつもの無表情で窓を開ける。冷たい風が小さく吹きこんできて、優は首をすくめた。分厚いコートで重装備をしてきたつもりだけど、むき出しの顔が冷たい。


「すまない、助かる」


いつものように、彼の表情は乏しい。それでも目元や口元の動き、それと台詞にこもったかすかな響きで、彼が申し訳ないと思っていることは読み取れた。
彼は四六時中こんな調子で、感情の起伏がほとんどない。不二くんや菊丸くんに「表情が硬い」とからかわれているようだけど、それも仕方ないかもしれない。彼の気持ちは分かりにくい。


「いや、大したことじゃないから」

「ありがとう」


それでも、短くても、こうやってはっきりと言葉を口にするから付き合いやすい。
一緒のクラスになったばかりのころの彼のイメージは、無表情、固い、真面目、テニスが強い、頭が良い、まあそんな印象しかなかった。それは正しいイメージではあったのだけど、その奥に激情を秘めていると知ってから、彼をもっと知りたいと思うようになった。趣味とか好みを知りたいんじゃない、彼が何にどういう感情を持つのか、冷静な見た目の下に何が渦巻いているのか、好奇心が沸いた。


「それ、私も持つよ」

「大丈夫だ」


彼が部室の中に置かれたゴミ袋を運ぶ間、すぐ閉まってしまう部室のドアを優は押さえ続ける。既に几帳面に片付けられている部室は、部員全員で掃除されたのだろうか。結構な数のゴミ袋で手がふさがった彼の代わりに部室のドアを締め、コートの南京錠を締め、ゴミ捨て場に向かう彼の後に続く。目的地に到着するまでは手持ち無沙汰で彼に手伝いを申し出るが、断られた。


「ねえ、なんで手塚くんが一人でゴミ捨てなんてしてるの?」


もうそろそろ運動部の今年の練習も終わりを迎える時期で、昼間ではあるけれど校舎には人気があまりない。確か、テニス部ももう練習は終わりだったはずだけれど。


「担当の部員が捨てるのを忘れていた。昨日、竜崎先生から連絡があった」

「その担当の子を呼べば良かったんじゃないの」

「もう既に旅行に行っていた」


他の人の怠慢でゴミ捨てを一人でやるはめになるなんて、私だったら面倒くさくて投げてしまいそうだ。腹も立つだろうし。でも彼は、あまりそういう感情はなさそうだ。竜崎先生から連絡を受けたときはきっと、眉間にしわを寄せただろうけれど。


「なるほど。部長っていうのも、責任とらなきゃいけないから大変だね」

「人の上に立つとはそういうことだからな」


こんな台詞をまあ、あっさりと言ってくれる。そういえば彼は今、副生徒会長でもあったっけ。来年3年生になったら生徒会長に就任するだろうと言われている。こうやって皆をひっぱっていく人は、いつでも責任を引き受ける覚悟をしているんだろうか。それとも彼の真面目さゆえか。
目的地に着くと優は、手塚くんが入れるようにゴミ捨て場のドアを開いた。彼はゴミ捨て場の隅っこにゴミ袋を手早く重ねると、ぱんぱんと手を払って中から出てくる。


「すまない、助かった。夏目は、用事は済んでいるのか」

「ああ、うん。木村先生にちょっと渡すものがあっただけだから」

「木村先生に用事があったのなら、なぜテニスコートのそばにいたんだ」


優は感嘆した。さすが手塚くん。鋭い。
二人で並んで正門に向かう。さりげなく、彼が優の右隣に位置を変えた。


「校舎から姿が見えたからさ。今年の見納めにと思って、手塚くんを追ってみた」


隣を歩く彼のマフラーがひらりとはためく。ちらりとうかがうと、彼は腑に落ちないとでも言いたそうな無表情をしている。彼もこちらの気持ちをそれとなくうかがっているのが分かって、思わず笑いがこぼれた。ごめんね、手塚くん、馬鹿にしているわけじゃないんだ。ただ、二人で同じように相手を伺っていたという事実が面白い。


「どういう意味だ」

「君をもっと知りたくなったってこと」


責任感が強かったり。面倒見が良かったり。人に素直に感謝できたり。……私と歩くときにこうやって、さりげなく冷たい北風をさえぎる位置に来てくれたり。そんな彼に笑みがこぼれてしょうがない。
かみ合わない会話に彼はますます眉根を寄せている。彼はその聡明な頭脳をフルに使って私の言葉を解明しようとしている最中なのだろう。でもきっと、彼に私の気持ちは分からない。そして、もうしばらくしたら、彼は率直に「意味が分からない、説明してくれ」と言うだろう。

さあ、どう答えてやろうかな。彼が疑問に囚われて、もっと私を知りたくなればいい。

(20101227)

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