10000Hit&お正月企画 | ナノ
帳尻合わせ(丸井)





伏せていた顔を上げると、時計の針は3時を指していた。もう2時間も同じ姿勢でいたらしい。集中していたから気がつかなかったが、体中からゴキゴキと嫌な音がした。コタツの上にペンをぼとりと落として伸びをする。動かしっぱなしの右手が痛い。

目の前で私と同じようにペンを走らせていたブン太は、私の集中が途切れるのに合わせて仰向けにひっくり返った。そして腹ばいになると、何故かそのままずるずると前に進んでふすまの向こうに消えていった。あ、靴下が片方脱げかけている。

今日は朝から、ブン太の家のコタツに二人でこもっていた。とある事情につき。ブン太のお母さんとお父さんと弟二人とおばあちゃんはお昼からどこかへ出かけてしまって、いつもはにぎやかな家の中が静かだ。ラジオからはメリークリスマスという言葉と来年はなんたらという言葉が交互に聞こえる。


「休憩しよーぜ。これ昨日の残りだけど」


ブン太はお盆を片手に、今度はきちんと立って帰ってきた。彼はコタツの上に散らかっている年賀状と筆記用具を押しのけて、お盆を置く。お盆にはジュースと、少し形の崩れたショートケーキが乗っている。


「やったー!これ、手作り?」

「おう。弟がいっぱい食いてーって言うからツーホール作ったのに、結局食い切れなかった」


彼は器用にフォークでケーキを切り分けた。優は遠慮なくフォークをクリームに突き立てる。ブン太のケーキが食べられるなんてラッキーだ。


「どう?天才的だろぃ?」

「うん、おいしーっ」


甘いやわらかさが舌の上でとろりと溶ける。季節外れのイチゴの酸味がポイントになっている。美味しい。普段は素直に褒めてなんかやらないけど、ブン太の手作りお菓子だけは別格だ。なんたって、普通のケーキ屋さんよりも美味しいのだ。テニスで忙しいとかいってあんまり作らないみたいだけど、将来はパティシエにでもなったらいいんじゃないかと思う。
優の褒め言葉に満足げな顔をしたブン太は、自作ケーキを大きく頬張った。口をもごもごとハムスターみたいに動かしながら、書き終えた優の年賀状を一枚、左手でつまみ上げた。可愛らしいイラストのウサギが三匹並んでいて、その上にポップな書体で『HAPPY NEW YEAR!』と書かれている。


「住所書くのがめんどくせえ。優、お前、パソコンでなんとかできねーのかよ。この年賀状、パソコンで作ったんだろ?」

「そうだけど、印刷はお父さんがしてくれたからよく分かんないし。ブン太こそ、今年は自分で刷ったって言ってたじゃん。住所ぐらいなんとかできんじゃないの」

「できるわけねーだろぃ。郵便番号とかどうやってやるんだよ、こんなちっちぇー四角の中にぴったり印刷とかできねーよぃ」


ああ、ずっとこのまま休憩していたい。でも、終わらせないと。今日書かないと、元旦には間に合わない。

クリスマスイブまで、優とブン太は年賀状のことなんざすっかり忘れていた。昨日浮かれて一緒に遊びに行った時に、年賀状は書きましたか?とかいう郵便局のポスターを見て、はたと二人で顔を見合わせたものだ。……そして今に至る。

目の前には、まだ何も書かれていない年賀状が何枚も重なっている。それは、ブン太も同じ。優は携帯のアドレス帳をめくった。あとは、部活の先輩と後輩、それから先生と。メールで全部終わらせられれば楽だけど、なぜか立海の女の子の間では、可愛く飾った年賀状をやりとりすることが一種のステータスみたいになっている。だから、今更メールだけにしますなんて言えるわけもなく。

ブン太はくるりと優の年賀状をひっくり返した。


「ってお前、字ぃ太!フェルトペンで書いてんのかよぃ、可愛くねーな」

「うるさい。だって、太いペンの方が手が楽なんだもん」

「それに情緒もねえ」


優はむくれた。いいじゃん、別に。確かにフェルトペンの太字なんて『可愛らしく飾った年賀状』からはほど遠いけど。
何も言い返せなかった優は、相手のアラを探してやろうとブン太の年賀状に手を伸ばした。普通のボールペンで丁寧に書かれた宛名書き。悔しいが、表面には難癖も付けられそうにない。尚更悔しい気持ちになって年賀状を裏返す。

裏面を見て優は沈黙した。

彼の年賀状に印刷されたものは、写真。それはウサギの写真でも家族の写真でもなく、食べ物の写真だった。鏡餅、みかん、お雑煮、おせち、そして何故かお汁粉。……情……緒?


「ちょっとブン太!あんたこそ情緒もへったくれもないじゃない!人のこと言えないじゃない」

「別にいーだろぃ、美味そうじゃねえ?正月っぽいし」


優ががっくりと肩を落とした。
……ブン太らしいといえばブン太らしいんだけどさ。でも、何か違うよ!!


(20101225)

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