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迎春和装(柳)
迎春和装
正月三が日は和装で過ごすことが多いと、ある日、彼は何でもないことのように言った。和服で一日を過ごすなどということを全く考えもしていなかった優は、驚いて声を上げた。
「それって、柳家の習慣なの?もしかして格式高く歌会始の儀とかやるようなお家柄……?」
「普通の家だ。和歌を詠むこともない。百人一首かるたならやるがな。小さいころは、いとこ達とよく競い合ったものだ」
「……百人一首で遊ぶって、やっぱりかなり良家なんじゃないかと思うんだけど」
「風習ではない、単なる風潮、習慣の問題だ。決まりがあるというよりも、親戚一同、気に入っているからやっているというだけだ」
気に入ったからといって、当たり前のように伝統的な習慣をこなしてしまうのって凄いんじゃないか、と優は思った。七五三とか成人式とかじゃなくて、家の中で和服を着るのかあ。どんな感じなんだろう。雅楽を好み、茶道をたしなみ、落ち着いた物腰にさりげなくお香をのせる彼はきっと、すごく和装が似合うだろう。
「初詣のときに、蓮二くんの和服姿、見たい!絶対かっこいいよ」
素直にそう言うと、彼はふっと笑って一言、言った。
「ならば、優も和装で来い」
***
新年の空気は新鮮な気がした。真冬でもお昼になると、日の光で少しだけ暖かい。冷たい風がゆっくりと、参拝者の頭上を通り過ぎる。
蓮二はお願いした通り、和服を着てくれていた。そして蓮二に言われたとおり、私も。
蓮二は袷の長着を角帯で締め、羽織を着ていた。彼は和服を自然と着こなし、振る舞いにもそつがない。足袋と草履に慣れずにしょっちゅうつまづきそうになる自分とは大違いだ。りりしく堂々としている彼を見て、優は改めて惚れ直した。
「袴は付けないの?テレビで見ると、政治家とかはお正月に紋付きと袴だよね」
「紋付き羽織に袴を合わせるというのは、冠婚葬祭の正装だ。政治家が袴まで着るのは、国民の代表として人前に出るからだろうな。一般人ならば、こういったときは羽織だけで十分だ。初詣はそこまで儀式的なものでもないからな」
人混みの中で、蓮二は一際目立っていた。色味だけで言えば、ピンクやらオレンジやらの服の人がいるし、金髪の人だっている。だから、派手で目立っているというのとは少し違う。雰囲気が既に目立っているのだ。
優は蓮二を眺めながら、そりゃあそうか、と納得した。お正月でも、お年寄りでも今どき和装の人はあまりいない。みんながダウンジャケットやらピーコートやらを着ている中で、りりしく和装を着こなす長身男子がいるのだ。目立たないわけがない。
そう伝えると、蓮二はそれもあるかもしれないが、と付け加えた。
「俺だけではない、優も十分目立っているぞ」
えっと思って周りを見ると、何人かと目が合った。
「赤の振り袖か、きちんと着られているな。女性の和装は華やかだから、目立つのも無理はない」
視線を感じるのは、てっきり蓮二と一緒にいるからだと思っていたけれど、そういえば自分も和服なんだった。しかも、赤の。着付けをしてくれたおばあちゃんには、もうちょっと地味なのはないの、と聞いたのだけれど、おめでたい日だし若いんだからこれでいいのよ、と言われた。彼が何も言わないあたり、数ある和服の中で振り袖を着てきたのは正解だったのだろう。しかし、見られるのは少し恥ずかしい。
「Excuse me, 」
その異国の言葉が自分たちに向けられていると気がついて振り向くと、そこにはニコニコとほほえむ白人の女性が、カメラを首から下げて立っていた。その後ろには……こちらを見てきゃあきゃあ騒いでいる外国人の集団がいる。
口々に何かを言ってくる。たぶん英語だが、早口で全く聞き取れず優が目を白黒させていると、蓮二がすっと前に出て流ちょうに話し始めた。
「優。俺たちの写真を撮ってもいいか、と言ってるのだが」
「ど、どど、どうぞ!」
蓮二が何かを言うと、彼らはテンション高くワーオジャパニーズなんちゃらとか言いながら、一斉にカメラをこちらへ向けた。ぎょっとして優は一瞬身を引いてしまったが、すかさず蓮二に捕獲されて、抱き寄せられる。
彼らが取り囲んでわいわい言うものだから、日本人までもが集まってきて、まるで見せ物になっている気分だ。
相変わらず涼しい顔をしていた蓮二は、忘れるところだった、とつぶやいて袖に手を入れた。そしてまるで魔法のように取り出したのは、銀細工に赤い花のついた、綺麗なかんざし。頭を動かすな、と言って彼は器用に優の髪にかんざしを挿した。そして、口の端を持ち上げて笑った。
「優、よく似合っているぞ」
白人さんたちがSo cute(カワイイ)!と叫ぶのが聞こえて、優の気持ちは三割り増しになった恥ずかしさと嬉しさがないまぜになった。
いつ何時でも堂々としているということは、これほどにも難しい。
(20110101)
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