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虎と兎(千石)





日の暮れた冬の野外はいっそう寒くて、優は手袋越しに両手をこすり合わせた。暗い空には、人の吐く白い息がもくもくと上がって消える。着込んできたけど、じっとしているとやっぱり冷える。
カウントダウンライブが始まるまであと2時間。会場にはまだ入れなくて、来場者たちの集団が会場を取り囲むように集まって待っている。ライブを開くミュージシャンがかっこいい男の人であるせいか、集まっている人の7割方が若い女の人だった。


「……キヨ、行きたければ行けばいいのに」


優は呆れて、挙動不審になっている清純に声を掛けた。彼は可愛い女の子を見つけるたびに目を輝かせ、そちらに体を向ける。まるで、そっちに行ってナンパしたいというかのように。今日のイベントに誘ってきたのは清純の方だったけれど、別に恋人ってわけじゃないし、関係から言ってもただの腐れ縁だ。だから、彼が誰をナンパしようと気にはならない。……そっちが誘ったくせに、とちょっとムカつきはするけど。
清純は焦ったような声を出して、優の顔をのぞき込んだ。


「君を置いて行くわけないじゃん!俺は優一筋だよ」

「あ、あの子可愛い」

「えっどこどこ!?」


とっさに顔を輝かせてきょろきょろとした清純は、一瞬ののち優の意図に気がついた。冷めた目をしている優を見て、更に焦る。


「ち、違うよ、これはー……」

「だから、気にしなくていいのに。別に恋人でもないんだからさ」


清純は真面目な顔になって、でも情けない表情をしている。ちょっと言い過ぎたかもしれない、本当のことだけど。別に怒っているわけではないのに、彼は優に対して罪悪感を抱いているらしくて、捨てられた子犬みたいになっている。
ああ、どうにかしなくちゃ。ふと思いついて、優はコートを脱いだ。そして、清純のコートの前を開けて、彼のお腹に自分の背中をくっつける。小学生のころは、よくこうやってじゃれていた。そして自分の前で清純のコートを閉めて、完了。傍から見たらバカップルだがまあいいや。事実、かなり暖かい。
彼ははっと息をのんで、それからコートの中でぎゅっと優を抱きしめた。はずんだ声を出す。


「なんだい可愛いことしちゃって。もしかしてさっきも寂しかったとか?かまってほしかったんだね兎みたいでカワイイ〜。安心してね、俺はずっと君の側に……」

「はあ、あったかい。意味は違うけど、虎の威を借る狐みたい」


彼はほおずりをしてくる。優は清純のされるがままで、顔をふにふにといじられまくった。


「ようやく俺の愛が通じたんだねーっ!!虎って俺のこと?虎の懐を借りる兎でもいいよ、可愛いかわいい」

「キヨって昔っから分かんない。一緒にいても良いとは思えない」

「そんなことないよう、俺といるとラッキーになれるよ。ほら思い出してみてよ、今年のおみくじも俺たち大吉だったでしょ」


優は冷静にかなり冷たい台詞をはくが、何故かまるっとスルーされた。さっきまでの凹みようはなんだったんだ、まったく。頭の中がお花畑で、何も聞いていないようだ。


「キヨって茶色いし、ボクシングやってるし、テニスのキメ技が虎砲だし。だからキヨは虎なんだよ」

「うんうん、君がいてくれればなんでもいいよ」

「……虎の時代は今年で終わりだよ。来年は卯年なんだから。ラッキー千石じゃなくなるかもね」


キヨはぴたりとほおずりをやめた。そして、ううん、と唸る。ちょっとお花畑から戻ってきたらしい。


「それは困るなあ。でも、俺のラッキーはそれくらいじゃ減らない……はず」

「技の名前変えちゃえば?うさぎ砲とか」

「……。その名前は、ちょっとしまらなくない?言いにくいし」

「ラビットキャノンとか。キヨの大好きな可愛さが溢れたネーミングになるよ」


彼は右手を背中からまわして、優の左ほほを撫でた。彼の手はあたたかく、冷えた皮膚に熱を伝える。


「君がそれで俺から離れないならそれもいいかもね」

「……『三日後にはキヨが進んで他の女の子とデートしている』に百円かける」

「なら、俺は君とデートしてる方に五百円」

「ああ、間違えた。むしろ今日、初詣に一緒に行こうってキヨが他の女の子を誘うに千円」

「なんでさ!俺は君一筋だよーっ」

「あ、可愛い子はっけーん」

「え、どこどこ!?」

「ほらね」

「あっ、いや、これは――」


ふと思い出した、去年も同じことを言い合っていた気がする。いつまでも成長しない私たち。でもそう遠くないうちに、きっとこの関係は変わってしまう。変わったときに、私もキヨも悲しい思いをしなければいいのに。

優はコートの下で、ぎゅっと清純の手を握った。


(20101230)

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