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みそかごと(観月)





大晦日の、突き刺すような寒い夜。雲一つない夜空にはちかちかと星が瞬いている。こういう日は大気が普段よりも透き通っていて、月明かりも綺麗に見える気がする。お寺の境内では、ところどころにともった大きな松明が揺れて、木の姿をゆらゆらと闇に浮かび上がらせていた。
もうあと何時間もしないうちに今年は終わる。夜半のためか、日中のようなけたたましい車の音や機械音、街の喧噪は聞こえない。このお寺の境内に集まった人の声と話声だけがただ、この静かな空間を支配する。

優は観月と並んで石の階段を上る。人工的に真っ平らに切り出した石段ではなくて、天然の石をそのまま使った階段だから、ときどきつまづきそうになって体がぐらつく。彼はすっと手をさしのべる。


「しっかり歩かないと危ないですよ。さあ、掴まってください」

「ありがとうございます、観月先輩」


有無を言わせぬ優しい口調。優は素直に観月の手に掴まった。お互いの手袋越しに伝わる、彼の手の確かな存在感。優が隣を向くと、彼は口元に満足そうな笑みを浮かべている。

聞いてみたい。なんで私を誘ってくれたんですか、と。
でも直接に問うてしまうのは野暮な気がした。それに、どのような理由であれ、誘われて嬉しいこの気持ちは変わらない。だから、黙っておこう。

階段を上りきっても、観月は手を離さなかった。彼にとっては何でもないことなのだろうけれど、それだけでも嬉しい。優は彼の手を握りなおした。


「除夜の鐘は、何時ごろからつけるんですか」

「確か11時半からです。まだ時間がありますね。あそこのたき火で暖をとることにしましょう」


鐘をつくための整理券をもらってから、優と観月はお堂前の広場にある大きな焚き火に近寄った。周りには子供からお年寄りまで、大勢の参拝客が集まっている。ぱちぱちと音を立てて火がはぜ、白い煙が高く高く、うねりながら天へ昇っていく。
炎の暖かな光が観月のすっきりと整った顔を照らして、陰影を浮かびあがらせていた。


「夏目さん、火にはちゃんと当たれていますか」

「はい、大丈夫です。暖かいですね」

「んふっ、それならいいです」


優の姿を眺めていた観月は、ふと眉をひそめた。あいている方の手を優の顔の横に伸ばし、髪の毛をかき分けてそっと耳に触れた。冷たくなった耳に彼の手袋の感触がした。


「帽子をかぶっていないのはともかく、耳当てをしてこなかったんですね」

「は、はい。耳くらいは防寒をしなくても大丈夫ですから」

「ダメですよ、それでは。ほら、こんなに冷えているじゃないですか」


観月は優の手を離すと、自分の首に巻いていた大きなショールをはずした。そして几帳面に折りたたまれたそれを広げると、両手で端をもって、ばさりと優の頭にかぶせた。


「わあっ」

「いけませんよ、体を冷やしては。女の子なのですから」


彼は器用に、頭と首が覆われるようにして優にショールを巻いた。


「気にしないでください、観月先輩が風邪ひいてしまいますよ」

「ボクは体を鍛えてますからね。それに、このコートは襟が高いので大丈夫です」

「……あの、こんな素敵なショールは私には似合わないんじゃないかと」

「よく似合っていますよ。それに貴方は、このボクが変なコーディネートをすると思うのですか」


いいえ、と優は笑みをこぼす。自信満々な言葉の裏にある相手への気遣い。ただ優しい言葉をかけるだけじゃなくて、そう発言することで相手を持ち上げ安心させてくれる。
観月はようやく、先ほどの満足そうな表情に戻った。


「除夜の鐘は、年末から年始にかけてつくものです。何回うつかは知っていますね」

「百八回ですよね。除夜の鐘で百八つある煩悩を消すと聞きました」

「ええそうです。このお寺のような、参拝客に鐘をつかせるようなところでは百八回以上ついたりもしますが。なぜ百八回なのか、ということには実は諸説あります。ですが、一番有名なのが『煩悩の数』ですね」


彼はもう一度優の手を取る。


「煩悩には『好』と呼ばれるものがあります。好とは『気持ちが好い』という意味です。これは心地よいなどという感情が人を悩ませる元になるということを意味しているのですが」


観月は目を細めて、愛おしそうに優のほほを撫でた。


「消したくない心地よさもあるものですね」


(20101231)

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