10000Hit&お正月企画 | ナノ
年末年始に潜む罠(忍足)





電話を取ると、低い声が聞こえた。彼の優しい声。いつもだったら、その声に安らぎだとか喜びを感じるのだけれど、今日は気持ちが沈んだ。それを隠していたつもりだったのだけど、敏感な彼には分かってしまったらしい。


『どうしたん?今日は元気ないで。体調でも悪いんか』

「ううん、なんでもない。体調も悪くないよ」

『んん?それならええけど。それとな、さっきから俺、優の家の前におるねん。今日、時間あるやろ』


優は、自分の顔から血の気が引くのを感じた。今、家の前に、いるの?会いに来てくれたの?こちらが絶句した気配を察したのか、侑士の声が響いた。


『……やっぱり今日おかしいで、優。どうしたんや』


無意味な言葉の羅列が頭の中をぐるぐると回る。どうしようどうしよう、どうしよう。
元旦まではあと数日あるから、その数日間に頑張ればなんとかなると思っていた。でも、今すぐどうにかすることはできない。

それが発覚したのは、今朝。目が覚めて顔を洗ってから久しぶりに体重計に乗った。そしたら、2キロも体重が増えていたのだ。そういえば、ふくらはぎが前よりも太くなっている気がする。
思えば当たり前だ。学校が終わって外にあまり出なくなったし、今は三年生だから運動部の練習もない。おまけに、ここ数日の自堕落な生活。家の大掃除を手伝ったりおせち料理を作ったりはしていたけれど、どちらにせよ、学期中よりも運動量が大きく減っている。
もう正月太りか、と多少はショックだったけれど、これくらいなら、頑張れば数日で落とすことができる。だから、侑士と次に会う日、元旦までには痩せられると楽観視していた。次までには、今よりも綺麗になれる、と。

でも、さすがに、今すぐにどうにかするのは無理。こんな姿、侑士には見られたくない。優は青ざめた顔で、携帯を握りしめた。喉からは、小さくて曖昧な声しか出なかった。


『……侑士』

『どうしたんや、優』

『今日は、会いたくない』


小さな小さな声。電話の向こうで、今度は侑士が絶句したのが分かった。

会いたい、会いたい、いつだってずっと側にいたい、でも今日は会いたくない、会いたくないっていいたくない、でも今日は会えない。優は泣きたくなった。今会ったら、嫌われるかもしれない。太った女の子が彼女なんて、嫌に決まってる。

なあなあ夏目、知ってっか。侑士って、足の綺麗な女が好きなんだぜ。侑士がお前の足、綺麗だってさ。
こら岳人、夏目さんに何吹き込んでんねん。すまんな、気にせんとってな。
何言ってんだよ、侑士!せっかく俺が――。

そう、この会話が忍足侑士との関係の、すべての始まりで。そして知り合いになって、友達になって、恋人になった。何の関係もなかった優と侑士の間に生まれたたくさんのもの。それは、こんなささやかなきっかけと彼の好みから始まったのだ。
侑士に、捨てられたくない。侑士と別れたくない、嫌われたくない。彼は綺麗な足が好みだって言っていたけど、今の私は。

優の台詞に、怒るのではなく侑士は困惑したようだった。


『ホンマにどうしたんや。……まさか、他に好きな男でもできたんか』

「違う、違うの、でも会えない」

『俺、なんかしてしもた?』


違う、悪いのは自分だ。油断してたから。なんでこんなことしちゃったんだろう。今はただ、自分に対する嫌悪感で気持ち悪くなる。


「何も怒らんから、言うてみいな」


がちゃりと部屋のドアが開いて、侑士がそこに立っていた。見られた。ショックのあまり、携帯が手から滑り落ちる。鈍い音をたてて、床に携帯が転がる。侑士はそれを気にせず中に入ってくると、両手で優のほほをはさんだ。


「大丈夫か。何があったんや。俺には言えんのか」

「……太った、から」


言ってしまった。でも、見られた以上はもうどうしようもない。
沈黙が、痛い。

しばらくして、侑士が呆れたような声を出した。


「全然変わってへんやないか」

「……二キロも太った」

「あんなあ……そもそも、優は痩せすぎなんや。もっと太ってもええぐらいや」

「嫌いにならないの?足、ちょっと太くなっちゃったのに?」


侑士は深いため息をついて、優を抱きしめた。


「そんなわけないやろ。いつでも優の足が一番好きや」


(20101230)

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