1000Hit&X'mas企画 | ナノ
 




お昼時の終わった駅前の広場は、人であふれかえっていた。あちらこちらを見回していた美波は、何分か探してようやく、行き交う人々の隙間に彼の顔を発見した。いつも通りのクールな顔、でも、少し困ったような焦ったような顔。じぐざぐに人の波をかき分けかき分け、こっちへ向かってくる。


「ごめん、待った?」

「ふふ、『データの想定内だ』」

「いきなり乾先輩のマネとか、テンション高いね」


あきれ顔のリョーマに、美波はにっと笑ってみせた。だってクリスマスイヴだもん。リョーマの誕生日だもん。それで、デート。テンション上がらない方がおかしい。
今日初めてあったときに、最初に目にとまったのは彼の髪。いつものように遅刻してきたときと違って、髪の毛が乱れた感じがない。いつもなら、後ろの方の毛があちらこちら、ぴょんぴょんと飛び跳ねているのに。今日は寝坊じゃないのかな。


「寝坊?」

「いや、今日は親父にからかわれて、なかなかはなしてもらえなくて」

「デートなんて一丁前に生意気になってー、みたいな?」

「それもあるけど、むしろ日本にすっかり馴染んで大きくなって、みたいな感じ。長々と昔を語り始めたりしてさ」


行こう、と促されて駅構内に入る。彼の歩くのに任せて、プラットフォームを目指す。携帯片手にきびきび歩くビジネスマンから、小学生の団体さんまで、いつもよりも賑わった駅の中。


「え、どういうこと?日本に馴染む、って……アメリカでこそクリスマスは盛大に祝うんじゃないの?」

「そうなんだけど、祝い方が違う。むこうのクリスマスはこっちでいうお正月みたいなもの。恋人同士のイベントっていうよりも家族のイベントだから」


プシュ、と電車のドアが開いて、暖かい空気と人並みが流れ出してきた。はぐれないようにリョーマにくっついて中に乗り込む。ゆっくりゆっくりスピードを上げて、電車は進んでいく。


「え、じゃあカップルはどうするの!?」

「フィアンセとかなら一緒に過ごすかも。でも普通は、バレンタインが恋人同士のイベントだから」

「へえー、てっきりアメリカのクリスマスって、日本よりずっとゴージャスになってミサに行く、みたいな感じだと思ってた。じゃあ今日が初めてのクリスマスデート?」


初めてが今日とか、素敵。美波がぱっと顔を輝かせると、リョーマはふっと笑って、そうなるね、と肯定する。


「その分、日本のクリスマスがどんな感じか分かんないんだけど」

「適当に遊びにいくことが多いと思うけど、これからどうする?」

「これは?この前、いとこの菜々子さんがくれた」

「遊園地のチケット?……行きたい!」


美波の様子を見て、彼はちょっとほっとした顔をした。もしかして、今日はどうしようとか、ちょっと不安だったりしたのかな。これでいいのかなあとか思いながら、さぐりさぐり、いろいろ調べてくれたのかな。
勝手な想像だけど、美波は思わず相好が崩れた。嬉しい。イヴで、初めてで、遊園地。朝よりももっと穏やかなテンション、でもわくわくと心がふるえるのが分かった。

カタンカタンと心地よい振動をたてて、浮かれた街を電車が通り抜けていく。いつもよりもざわついた車内、期待に踊る胸、目の前にいる彼。

これで期待するなって言う方がおかしい。



***



予想はしていたけれど、遊園地の混み方は想像以上だった。入場口にも人の山ができていて、うかうかしていたらはぐれそうだ。美波はリョーマの服の裾をぎゅっと握った。彼がチケットを持ってきてくれてラッキーだった。チケット売り場には人が長蛇の列を作っていて、当日入場券なんて買えそうにもない。

遊園地の中はクリスマス色に染まっていた。あらゆるところに赤と緑のリボンや金のベルが飾り付けられている。噴水のある広場に大きなクリスマスツリーが置いてあったり、そこここに真っ赤なポインセチアの鉢が置いてあったりして。


「ふうん、こういうのは日本もアメリカも変わんないね。ホリデーツリーの飾り方とか」

「え、ホリデーツリー?なにそれ?」

「ああ、そっか。クリスマスツリーのこと。向こうではクリスマスツリーってあんまり言わなくなったんだよね」

「どうして?」

「クリスマスはキリストって意味だから。キリスト教じゃない人のことも配慮しろってこと」

「ふうん、けっこう面倒くさいんだね。日本ではただのイベントだし」


アトラクション乗り場の前にも、人がたくさん並んでいる。その間にも会話はとぎれない。美波は一度も、海外に行ったことがない。だから、リョーマの話は面白かった。いや、彼と話すことが楽しいのかな。どっちでもいいか。


「なんか変な感じ。クリスマスイヴにこんなに人が遊びに来てるってことが」

「え、アメリカではみんな遊ばないの?じゃあどうやって祝ってるの?盛大にやるんじゃないの?」

「クリスマスイブとか当日は、家の中でゆっくりすごす人が多いんじゃないかな。たぶんだけど」

「クリスマスパーティーとかはやらないの?」

「やる人もいるかもしんないけど、宗教的な意味合いが強いからね。ごちそう食べたりして、神に感謝しながら休むって感じ。まあ映画館に行くくらいならあるけどね」


アトラクションの順番が回ってきて、美波とリョーマは係員に案内される。係員はみんなサンタの格好をしていて、雰囲気作りのためか、ハンドベルを片手に持っている。


「どうしたの、鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔してる」


美波は乗り物に向かって進みながら、急いで携帯を出した。そして時計を確認する。美波は驚愕して、ぱかっと口を開けた。


「時間経つのが早い」


リョーマもそうだね、と同意したけれど、係員サンタの手によって、二人とも半ば強制的に乗り物に押し込まれたせいで、彼がどんな顔をしていたのか見ることはできなかった。








最初はリョーマの後ろから付いて歩いていた美波が、今や彼の服をつかんだまま、あれがやりたいこれはどう、とリョーマをひっぱって歩いている。浮かれた彼女に軽くあきれつつも、リョーマはクールな表情をしたまま、美波に付き合っている。
一通り回って、すっかり日は落ちた。あたりは夕闇にそまり、まだ5時だったけれど、木々のイルミネーションやアトラクションのネオンが点灯している。明かりは人々の顔を照らし、陰影をはっきりと浮かびあがらせていた。
恒例のクリスマス・パレードが始まるまでには、まだ時間があった。少し休もうと、美波とリョーマは飲み物を片手にベンチに座った。美波はジュース、リョーマはいつものファンタ。目の前を、家族連れや、大きな紙袋をたくさん持った女性が通り過ぎていく。くだらない話を二人でしながら、過ごす。

ゆっくり休んでいたところで、だんだんと美波は落ち着かなくなってきた。まだ、渡せてない。今日は彼の誕生日だ。誕生日とクリスマスの贈り物をかねて、プレゼントを買ってきたのだれど。彼が欲しいと言っていたものを買ってきたから気に入ってもらえるとは思うけど、大丈夫かな。
リョーマ、結構日本のクリスマスに違和感があるみたいだ。プレゼント渡すのって、このタイミングで良いのかな。変に思われないだろうか。アメリカでも同じなのかな。


「? 美波、どうしたの?」

「こ、これ!」


名前はちょっとうつむいて、勢いよくプレゼントをリョーマの胸に押しつけた。リョーマの手が美波の手に触り、プレゼントを受け取った。あけていい?と彼は聞いて、丁寧に包装を解いた。そして、はっと息を呑んだのが聞こえた。


「これ、欲しかったゲームソフト」

「リョーマ、誕生日おめでとう!」


ちょっと値が張ったけど、今日はクリスマスイヴで誕生日なのだ。彼が喜んでくれたのが分かって、ほっとする、そして同時に少し照れる。目をちょっと反らしていると、ふわりと、首に何か柔らかいものがかかった。顔をしたに向けると、柔らかいピンク色が目に入った。真新しいそれは、美波の首に巻かれている。


「え、これ、マフラー?」

「寒いでしょ、使いなよ。あ、クリスマス・パレード、始まるみたい。……ほら、おいで」


リョーマはさっさと立ち上がって、こちらを振り返った。びっくりしたような顔をしている美波に手を差し出す。リョーマもさっきの美波と同じように目をそらして、照れたような顔をしている。これ、もらっていいの?差し出されたリョーマの手を取って立ち上がると、ごくごく自然にリョーマがすっと体を寄せてきた。

そして、ほほにあたたかい感触。ちゅっと音がする。


「まだ言ってなかったね。ありがと、美波。それから、Merry Christmas」


顔に血が上ったのが分かった。
これだから、帰国子女は困る。

(20101222)

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