拍手お礼 | ナノ




翌日、25日。最寄りの駅で待ち合わせをして、石田くんと二人で電車に乗る。
私の気分は高揚していた。イブに一緒じゃなかったという寂しさはちょっとあるけれど、クリスマスに誘われた、今はこれで十分だ。彼のこれからの行動予定には、クリスマスというイベントとは全然関係ないようだけど。
でもそれでも、誘われて一緒にお出かけができるという事実が嬉しい。……恋人候補として見られていないにせよ。


「何をしにいくの?クリスマス当日に神社って、何かあるの」

「『しまいてんじん』言うてな、『終い天神』て書くんや。一年の行事の締めくくりみたいなもんでな、楽しみにしときなはれ」


平日の9時半という微妙な時間帯にもかかわらず、車内は人で混み合っていた。






人、人、人。目的の神社の境内には、みっちりと人が詰まっていた。まだ朝の10時だというのに、混雑している。巨大な鳥居をくぐって、敷地内に入る。人の列の最後尾に並んだそばから、後ろに列ができていく。人の波がふくれあがって、はぐれてしまいそうになった。
石田くんはそっと手を私の肩に回した。背の高い彼は、まるで何でもないかのようにあっさりと私を保護してくれる。ええい、やってしまえ。人に押されたふりをして、私は彼に身を寄せた。誘ったんだから、これぐらいは許してほしい。


「大丈夫か、苦しないか」

「うん、ありがとう。すごい人多いんだね、お祭りみたい」

「一種の祭りやな、10万人以上は来るそうや」


じわじわと人が進む。いつもなら、早く本殿の前に行きたいと思うところだけど、今はゆっくりでいい。時間がかかればかかるほど、私は彼と一緒にいられる。こうやって、くっついたまま。彼の体が温かい。
人よりも頭一つ分以上、身長の高い彼は、人混みの中でも見晴らしが良さそうだった。彼は、見えるものをいろいろと教えて、私に解説してくれる。

露店はな、普通のお祭りとは少しちがうんや。もちろん、普通の食べ物の香具師はんもおるけどな。葉ボタン、しめ飾り、そういう正月用品も売られとる。中には、骨董品や古着もある。そこが、普通のお祭りとは違うとこやな。

いよいよ本殿の前まで着いてしまった。名残惜しいけれど、仕方がない。彼にならって、お賽銭を入れると紅白の鈴緒をひっぱって、勢いよく大鈴を鳴らす。高く響く柏手を打って、二礼二拍手。あれ、こういう日って何を祈ったらいいんだろう。とりあえず年の瀬だし、お礼を言っておこうか。神様、今年一年ありがとうございました。来年も元気に、できれば石田くんと一緒に過ごしたいです。急いで祈って、さらに一礼。

後ろで待っている人がたくさんいる、やさしく石田くんに背を押されて、私は本殿を後にした。砂利の上を一緒に歩く。本当なら歩くべきところではないのだろうけれど、人で溢れかえって、もはや石畳も砂利も関係なくなっている。人波からはずれたところで、石田くんがあさっての方向を見て、おお、と声を上げた。

彼の見た方向にある社殿の前まで行くと、そこでは何やらいろいろなものが置いていた。石田くんはそこで何かを購入して、私のところへと戻ってくる。彼は、紅白の紙にくるまれた何かを二つ、手にしている。彼はその片方を私に差し出してきた。


「もらっていいの?これ、何?」

「これは大福梅て言うてな。普段やったらもう売り切れてるんやけど、幸運やったわ」


紅白の紙は少しふくらんでいて、小さくて丸い何かが数個、入っているようだった。


「これを白湯に入れて飲むと、疫病邪気をのけるて言われとるんや」


くるりと紙を裏返すと、筆文字で説明が書いてあった。どうやら干し梅らしい。昔の天皇が、これのお茶を飲んだら病気が治った、とか。私は思わず口に出してしまった。


「病が治るの?」

「……病んでるんか?」


また彼にあっさりと返されて、私はぐっと詰まった。

病んでるよ。ああ、このまま一緒にいられたらいいのに。
心の内を全部吐き出してしまいたい。今の私の気持ちを彼に伝えたらどうなるだろう?きっと彼は、優しく対応してくれるに違いない。きっと、私を傷つけないように心を砕いてくれるだろう。でも、その先は?きっと生殺しになる、彼は優しいから。優しくされて、でも気持ちが受け入れられることはないだろう。それならいっそのことすっぱり心が殺されてしまった方がまだ楽だ、ずたぼろになった方がましだ。でも、まだ、一緒にいたい。

私のこと、好き?そんな聞き方は自信過剰で、不遜で、卑怯だ。

恋の病も治るのかな。治るって、どっちの意味で?恋心が消えてしまうってこと?でもできるならば、願いを叶える方向で治して欲しい。


「ねえ、石田くんってお寺で修行したんだよね?」

「え、ああ、そうやけど」

「恋って煩悩だよね。煩悩が治るってさ、つまり煩悩が消えるってことだよね?」

「まあ、そうやな。でもここは寺と違うて神社やから、大丈夫やないか。神社なら恋の神さんもようけおるしな」


そっか。私はまじまじと大福梅を見つめる。飲んでみよう。彼がくれたものだし、効果があるといい。できれば抜群の効果が欲しい。ぜいたくだけど。


「もしかせんでも、恋わずらいか。……今日、誘ってしもて悪かったな」

「うん、すごく嬉しかったんだよ」


話がかみ合わなくなった。身長の高い彼を仰ぎ見ると、彼はけげんな表情をしていた。もういいや、まだはっきり好きだと言うのは緊張してできないけれど。石田くんと一緒にいたかったの。そう、真顔で告げる。


「ワシもや。ほんなら良かった」


彼はいつものように、いかめしい顔を少しだけほころばせた。


(20101223)

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