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レオニードの微笑



窓を開けると、冷たい空気がするりと部屋に流れ込んできた。風に吹かれてやや横殴りになった雨が、ぱらぱらと顔に当たる。深夜2時。家々の明かりは消えて、街はすっかり静まりかえっている。薄暗くときどき明滅する街頭、黒く濡れたアスファルト、ときどき通る車がライトで水を照らし、バシャバシャと音を立てて家の前を過ぎ去っていく。

このあたりには繁華街もないし、雨も降っているせいか、まったく人の気配がない。自分の親兄弟も寝静まっていて。まるで、この街で動いているのが自分だけなんじゃないかと思ってしまうような静寂。

私は空を見上げて、ため息をついた。

今年は、見られそうもない。



3年前、私はお父さんの転勤に会わせて、大阪から東京に引っ越してきた。小学校から卒業するタイミングだったから、友達関係の不安は少なかったけれど、寂しくて仕方がなかった。近所で豪快に笑う、お好み焼き屋のおばちゃん。六甲おろしを道ばたで歌いまくるおっちゃん。値切り上手のお姉ちゃん。お笑いが大好きな先生。そして、大切な、学校の友達。

東京には面白いこともいっぱいあって、私は案外あっさりと新しい生活に慣れた。大阪ほどは人なつっこくないかもしれないけど、東京の人だって結構やさしい。友達もたくさんできた。近所の果物屋さんのおばちゃんとも仲良くなった。


でも。


それでもときどき思い出して、少し寂しくなる。大阪の友達とは引っ越してから、メールでやり取りをしたり、電話を掛けたりもした。


でも。


「去る者は日々に疎し」。

親しい人でも、長い間離れていると、次第に関係は薄くなってしまうものだ。徐々に、共有するものが減り、より地元での友人関係が大切になり、次第に遠ざかっていく。

人のことはいえない、私だって同じだ。


でも。


それでも、寂しい。彼らは、私のことを覚えているのだろうか。

彼は、覚えているだろうか。私と二人で見た、しし座流星群のことを。


今日が流星群のピークだったのに、あいにく東京は雨で。私は空を見るのをあきらめて、窓とカーテンを閉めた。冷えた手をすりあわせて暖める。
机の上には、明るくともるデスクライトと、開かれた参考書。高校入試まであとちょっと。私立の入試は早いから、もううかうかしてられない。

私は学習机の前に座り、シャーペンを握った。







『ドンドンドドドン、四天宝寺!!ドンドンドドドン』

突然、静寂をぶちやぶって鳴り響いた電子音に、うとうととしていた私はぎょっとして覚醒した。あわててベッドの上の携帯を確保する。この着信音は、四天宝寺の友達からだ。


『11月18日 2:17 am
 着信中 忍足謙也』


着信が切れる前に、いそいで通話ボタンを押す。


「も、もしもし!」

『お、出た出た。俺や、俺っちゅー話や』


低い、男の声。謙也って、こんな声だっけ?


「……今はやりのオレオレ詐欺ですね分かりますさようなら」

『コラ、ちょっと待ちいや!久しぶりの電話にそれはないやろ』

「えーっと、ドチラサマ?」

『謙也や、忍足謙也や。ワザといっとるやろホンマに……、俺の携帯から電話しとるんやし』

「ねえ」

『ん?』

「謙也、声、低くなったね」

『そうかー?……ああ、去年声変わりしたさかいな』

「直接声聞くの、1年ぶりくらいだもんね」

『おん』

「それで、どうしたの、珍しく」


電話の向こうで、謙也は沈黙した。


『もしかして、覚えてへんっちゅう……?』


今度は、私が沈黙する番だった。覚えてへん、って、何を?

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