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好きだ。

彼の声が耳に届く。その言葉があまりにもあっさり脳へ侵入してくるものだから、私は静かに目を伏せた。
ありふれた言葉。単純明快で使い古されていて、何より真っ直ぐな思いの表現。私が彼のその言葉を容易に受け止められたのは、単にそんな予感がしていたからだ。もう彼とは長い付き合いになる、何かいつもと違う内容を伝えられることくらい分かっていた。

返す言葉はひとつしかない。そう思っていたが彼の方が口を開くのが早かった。

「次にお前は『エイプリルフールの冗談でしょ、ひっかからないからね!』と言う」

言い当てられた。淡々とした彼に出鼻をくじかれた私は負けじと口を開いた。

「その確率、87……」
「パーセント、とお前は言う!そしてそれが私のデータを取るための策である確率、100パーセント!」

私にはデータも確率も分からないけれど考えていることくらい、分かる。どうだ、当たっているだろう。勝利を確信して彼を見やると、勢いよくノートにペンを走らせていた。データ、データ、データ。
肩透かしをくらってがっくりする。そうだ、こういう男なんだ。

「やっぱり、全く」
「嘘はついていない」
「と、いう嘘である確率100パーセント」
「ずいぶん信用されていないな、俺は」
「4月1日だし蓮二だし」

彼はノートをしまってあごに手を当てた。

「失敗か」
「残念でしたー!騙されないもんね!」
「と、いうのは嘘で本当は成功だ」
「はぁ?」
「さて、失敗か成功か。どちらが嘘か分かるか」

失敗に決まってる。そんな気持ちが顔に表れていたのか、彼は私を見て笑った。

「俺の告白が嘘だと思うのか」
「嘘でなきゃわざわざ今日言う必要もないでしょ」
「ふむ、一理あるな」
「やっぱり」
「だが、逆に言えば一理しかない」

何が言いたいのか。自分でもずいぶん怪訝な顔をしていると思う。だが分からない。蓮二はよく分からないことも多いけど、今日はことさらよく分からない。

「そうだな、ではこうしよう」

目を閉じろ。告白が嘘なら何もしない。本当ならキスをさせてもう。

「ちょっと、な、なんでよ!なんでそうなるのさ!」
「かまわないだろう」
「かまうよ!」
「何故。お前は嘘だと思っているのだろう?」
「そうだけど」
「ならいいだろう。嘘なら何もしないと言っているだろう」

蓮二の涼しげな顔を見て、私は恥ずかしいような腹が立つような気分になった。どうせ何もしない。でも、なんか、いろんな意味で、恥ずかしくて嫌だ。

「恥ずかしいのか」
「別に」
「ならいいだろう。目を閉じろ」
「分かった。顔に落書きしたりしないでよね」

文句をたれながら目を閉じると彼は呆れたように「そんなことするはずないだろう」と言う。
彼の姿はまぶたの奥に押しやられて、私の視界は黒くなった。じゃり、と蓮二が動く音がした。心臓の音がうるさい。何もされるはずがない。だって蓮二がそういう意味で私を好いているはずがない。
なんとなく近くに気配を感じて、私はぎくりと身をひそめた。衣擦れの音を聞いたのか、彼の体から発する熱を感知したのか、それとも。

1秒、2秒、3秒、4秒。

ぎょっとして目を開けると、蓮二はゆっくりと大きな体を起こすところだった。

「言っただろう、嘘はつかないと」

返事は肯定でいいか、と言った彼は笑みを浮かべていた。


(20120401)

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