拍手お礼 | ナノ







ぴたりと足を止めると、後ろからカランカランという音が聞こえ、すぐにぴたりと止まった。もう一度歩き出すとついてくる音。もう一度止まる。また止まるカランカラン。
(お祭りのときって幽霊とか妖怪とか、そういうのが出やすいんだって!)
そう教えてくれたのは美波だったか。人の後ろをあるくカランカランな妖怪っていなかったっけ。のっぺらほふ、じゃなくって……百目だっけ?なんだか忘れたけれど気味が悪い。

早足で歩いていたつもりなのに、どんどん音が大きくなってくる。あっちの足音はのんびりしているものなのに距離が徐々に詰まっているようで、ずいぶんリーチの長い妖怪らしい。

コンコンコンコンコン!
カランカラン。

こんな余裕で考えている暇なんてなかった。追いつかれる、怖すぎる。必死で足を動かすけれど、浴衣を着ているせいで大股で歩けない。


コンコンコンコンコン!!
カランカラン。


このじわじわ追い詰められる恐怖感。まだ走って追いつかれた方がましだった。近い近い怖いっ!!


「やっぱりそうたい」

「え……」










千歳くんだった。








妖怪ではなかった安堵感から、体からどっと力が抜けた。








「あ、あの、なんでこんなところに」

「後ろ姿ば似とったけん、追いかけて」


彼はぼりぼりと頭をかいた。カラン、カランとゆっくり下駄を鳴らして近づいて来る。目の前にぬうっと立った彼の影が私をすっぽりと包み込んだ。……これはこれで妖怪っぽいかもしれない。ぬり壁とか。


「今までどこ行ってたの?お祭り?」

「いや。でもこれから星ば探しに行くけん、一緒に行くたい」


彼はひとつ大きなあくびをして、ぐうっと伸びをした。私の後ろに回って私の背をそっと押す。彼の大きな掌が両肩に置かれて私はドキっとした。
え、星を探しに?どういうこと?何を?たまたま見付けたから誘ってくれたんだろうけれど。


「一緒に行っても良いの?それに、私浴衣だけど」

「大丈夫やけん、行くたい」


背中を押されるままに歩く。段々と人気のないところに連れて行かれる。しかも、向かっているのは裏山の方だ。後ろの千歳くんを見上げようと空を仰ぐと、曇った空が見えた。雲は薄いけれど星はほとんど見えない。


「どこに行くの?」

「山たい」

「うん、それは目の前に山があるのを見れば分かるんだけど……うおぁっ」


山といっても小高い丘くらいなものなのだが、木が生い茂っているから普通の人はあまり登らない。ふもとについたとたん、彼は私を肩に担ぎ上げた。一気に視界が高くなる。腰と足を押さえられているものの、不安定で私ががっちり彼にしがみついた。


「なっ待っ」

「ちょっと我慢しなっせ」


慣れているのか、彼は下駄で斜面を危なげなく登り始めた。木をかき分けているのか、頭上でガサガサとすごい音がする。彼の腕が膝の裏に当たって恥ずかしい。なんで突然、と思ったけれど、考えてみれば彼はいつも突然だ。突然現れて突然消えていく。そして、くったくなくやりたいことをやってのける。


「七夕やけん、森の精ば出てくるかもしれんばい」


重いだろうに、彼は全く平気な様子でてくてくと斜面を登りひとりごちる。そういえばジブリが好きなんだっけ。中三が言うにはメルヘンチックな事も、どこか人とは違う彼が言うとなんだか真実味を帯びて聞こえた。


「ついた」


そっと下ろされたそこは、山の上の方にあってぽっかりと開けた草地になっていた。小さなスペースだけど木に覆われていないそこからはあたりの景色がよく見えた。彼は私の隣に座ったと思うと、そのまま後ろにどさっと倒れた。


「こんなところあるんだね。よく来るの?」

「ああ。星、一緒に見付けるたい」


ちょっとためらったけれど、思い切って彼の横にごろんと寝転がる。千歳くんの香りがする。彼の腕が当たりそうで、心臓が早鐘を打つ。彼はなんで誘ってくれたんだろう。やっぱりたまたまいたから、なんだろうけれど気になる。それに星を探すってどういうことだろう。
空を見上げると上空では風が強いらしくて、雲の流れが速い。ときどき、ちらりちらりと瞬く星が見えた。


結婚の喜びで仕事をしなくなったことを天帝に見とがめられて、引き裂かれてしまった二人。処罰が少し厳しすぎやしないかと思うのは私が現代っ子だからか。でも、もう彼らが引き裂かれてこんなに時間が経ったんだから、一回くらいやり直すチャンスをあげたっていいじゃないか。戒めにせよ、せっかく両思いなのに会えないなんて悲しすぎる。


「今年は会えないのかなあ、織姫と彦星」

「そぎゃんかもしれんね。雨ば降ってないけん泣いてもおらん。七夕の雨は織姫ば涙じゃと。星、見つからんね」


沈黙がおちた。流れる灰色の隙間からちらりちらりと光が見えるけれども、川になるほどの数はない。会えないのかなあ、織姫と彦星。
それから比べて自分はどうだ。両思いからはほど遠いような気がするけれど、こうして隣に並んでいられるだけで贅沢なんだろうか。白石くんが言ったように、会えただけで充分なのかな。それでもやっぱりその先へ行きたいと思うけれど。私と彼の間に川はない。あるのは空から降る光だけだ。

風が山の上を渡って、さざ波のような葉擦れの音がした。遠くからはお囃子の笛の音が聞こえる。金銀の七夕飾り、ぼんやりとあたりを照らす提灯、子供の笑い声、小さくなった祭りの喧噪が大気に乗ってこちらへやってくるようだ。

七夕は本当はお盆の行事で、夏の厄払いで、それで、手習い事の上達を祈る祭りなんだって。それでも七夕で自分の思いを確認し、織姫と彦星の身の上を思い、そうして恋の願いに思いをはせてしまうのは彼らの物語の悲しさゆえなのか。


「さて、そろそろ帰るたい。……あ」

「ん?」


大きな体を起こした彼は何かを見付けたようで、目をしばたかせた。そして、ほらあれ、とどこかを指さして、空いた手を私に差し出してくる。ためらいがちに手に触れると、彼はぐいっと私を引き起こして、そして。


「うわあっ」


彼は私を抱え上げた。こんどは子供を高くあげるように。慌てて彼の腕をつかんで体のバランスを取る。










眼下に見えたのは、天の川だった。











「星、あぎゃんなところに集まってたとね」

さっきまで私が居た神社から始まって、ずっとずっと、屋台を抜けてその先まで煌々と光が帯になっていた。提灯の光、露店の光、笹飾りのきらめき、ところどころで炊きあげられた炎の光、それがずうっと連なって、まるで天の川のように、精霊流しで大勢の思いを乗せた蝋燭が水面に揺れる川のように、地を天のように彩っていた。天は地に落ちた。二人の間をつなぐ星を隠した雲を避けて地に光の川をなす。

これで二人は会えるだろうか。光があれば迷うまい。

千歳くんが私をどう思ってるかはかなりの未知数だけど、でもこうやって二人で会わせてもらった。だから私はこの上なく幸せだ、もちろんもっと先には行きたいけれど。だから後は、織姫と彦星の番。

良かったね、織姫。思い人に会えるよ。



「織姫と彦星、こぎゃんに降りてきたらよか」

「そうだね、そしたらいつだって会える。……あ゛っ草履!」


彼は長い腕をすっと伸ばすと、私の足から転げ落ちた草履を拾って、そのまま私をかつぎ直した。


「えっちょっ下りは大丈夫だよ」

「危ないけん我慢しなっせ、軽いばい」

「うっ、恥ずかしいんだけど」

「はは」


俵かつぎにされていて良かった、顔が赤い。行きは驚きでこんなことはなかったのに、冷静になったせいかなんなのか。普通の男の子にこんなことされたら脈有りだと思って良いのかもしれないけれど、千歳くんはそう一筋縄ではいかなさそうなところがにくいところだ。他の子が私の代わりに見付けられていたら、彼は他の子と星を探しに行ったのかもしれない。でも、それでも諦めるつもりはない。だから。

頑張って、二人の間に深い川なんてないからと、空から織姫にほほえみかけられた気がした。


(20110707)

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