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――彼氏ができるまでは、二人で七夕祭りに行こう。






そんな約束をしてはや3年、めでたく今年も続行だ。お祭りなんだから気分を盛り上げようとそろいで浴衣を着てみても、横を通り過ぎていくカップルの群れを見るとイマイチ気分は盛り上がらない。
隣を歩く美波がぶつぶつと小声で文句をたれた。


「くっそーあのカップル幸せそうな顔しよってからに!リア充爆発しろ!」

「見ないことにした。うんカップルなんていなかったそんなのいなかった」


牽牛織女にあやかったこのロマンチックなお祭りで、ひねくれていることを許して欲しい。中学最後の年だというのに、二人とも未だに告白さえできずにいるのだから。
美波は「光いないかなあ」とギラギラした目で人混みを見回している。彼女の幼なじみである白石くん経由で後輩の財前くんと知り合って、いつの間にか好きになっていたらしい。最近彼はうちのクラス付近によく出没し、美波と顔を合わせてはかわいげのないセリフを吐いて去っていく。……どう見ても両思いでしょ。そう言っても美波は全く信じない。

(光のやつが私を女として好いとるわけないやんか!ぜえったい悪友かなんかと思っとるだけや。なんや腹立ってきた光のバカヤロー!!)

たとえ両思いじゃなかったとしても話ができるだけでいいじゃないかと思うのは酷だろうか。だって私の思い人は、こんなにいつも見ているのに何をやってるのか誰をどのくらい好きなのかだってさっぱり分からないのだ。

日が暮れてからが本番だと言わんばかりに、立ち並んだ屋台が呼び込みをしている。ぼんぼりがゆらゆら揺れて、そこここに立てられている笹と短冊に黄色い光を投げかける。人の波は神社の外のその先までうねり、二人が鳥居をくぐれたのはしばらく立ってからだった。竹林が一斉に体をしならせて、風鳴りのような軽やかな葉音を立てた。


「美波、もうそろそろ茅の輪(ちのわ)くぐりだよ」

「うん。今日は曇ってんのが残念やね。なあ、短冊に何書くか決めた?」

「そりゃあもう、恋愛成就ですがな」

「ですよねー」


2メートルはゆうに越える竹の枠組みに、茅で作った輪――初めて見たときはしめなわを輪っかにしたように見えた――が取り付けられている。列になった人は次々とその輪をくぐり先へ進む。
私はくぐる瞬間に、ぽん、と輪に手を置いた。畳のような乾燥した草の感触。一体今まで何人の願いを聞いてきたのだろう。つい本音がぽろっともれる。


「それにしてもこの神社、本当に縁結びの力あるのかなあ。ここ数年彼氏が欲しいとか両思いになりますようにとかって毎年願ってるんだけど、叶ったためしがないよ」

「ええっ!?」


美波が目をむいて絶句した。ずっとこの神社の側で育った彼女にこんなことを言うのは不謹慎だったか。ちょっと焦ったところで、呆れたように言われた。


「あんなあ、これ縁結びの行事ちゃうで。厄払いやから、厄除けや」

「ええっ!?だって、みんな恋愛成就に御利益があるとかなんとかって言ってるよ」


今度は自分がショックを受ける番だった。数年来の勘違い常識は粉々に砕かれた。今まで必死で願ってきた私は一体何だったんだ。


「織姫と彦星のロマンチックに勘違いしてるだけや、だいたい本来は短冊の願いかて手習い事の」


反省して神妙に聞いていると、彼女は不自然に言葉を途切れさせた。視線の先に目をやると一番大きな笹竹の前で何やら拝んでいる集団がいる。しかもよく見知った顔の。


「ええ香りのする彼女ができますよーに」

「彼女ができますようにお願いします」

「部長はともかく謙也先輩は絶対無理っすわ」

「ええいやかましいわ謙也ァ!そういうお前は何書いたんや!」

「そら『謙也先輩に一生彼女ができませんように』に決まったるやないですか」

「な、なんやて!?」


テニス部レギュラーの4人だった。忍足くんと財前くんの言い争いを白石くんが愉快に笑って見物している隣で、一人「今年もたこやき一杯食べたい」とよく分からない願いをしている遠山くん。……何をやっているんだこいつら。人のこと言えないけど。
横目で美波を見ると彼女は食い入るように財前くんを見つめていた。背を向けている彼はまだこちらに気が付いてない。


「美波、私たちもあっち行こうよ」

「えっなんで!いやや!無理!」


まったく意地っ張りめ、本当は行きたいくせに。乙女心はなんと繊細なものか。もっとも、彼らの中に『彼』がいたらやっぱり私も似たような反応をしてしまうだろうけど。
無理矢理彼女の手をひっぱって近づいていく。


「おーい、白石くん!」

「あっ……おお、来とったんか、美波もおるやん」


美波の恋心を知り、かつ空気の読める白石くんは私の目配せの意図を的確に読み取ってくれた。そしてさりげなく財前くんと美波を近づける。タイミング良く空気の読めない遠山くんは「りんご飴買うんやー!」と叫んでどこぞへ走っていき、可哀想な忍足くんはそれを追いかけて走っていった。


「なんや、美波先輩やないですか。ちゃんと願っときましたよ、美波先輩がちょっとは男にもてますようにって、まあ絶対無理っすけど」

「なんやて光!もっぺん言ってみい!第一そういう光はどやねんゴルァ!」


売り文句に買い文句で突然美波は元気になった。私と白石くんは顔を見合わせて笑った。良かった。


「光のやつ、素直やないなあ。素直な光っちゅうのも気持ち悪いもんがあるけど」

「美波も素直じゃないよね、絶対両思いだと思うんだけどね」

「ほんまや。あの調子やと一生二人とも意地張ったまま終わるんちゃうかと心配になるわ」


罵りあっているものの、それがコントみたいで息がぴったりなのだ。財前くんがうちのクラス付近に出没するのも偶然じゃないだろう。


「そうだね、でもあの二人見てると羨ましいなあ。距離が近いじゃない」

「それは俺も思うわ。……千歳はどこにおるんやろうなあ」

「……それは私もぜひ聞きたい」


私が片思いしている相手、千歳くんは不思議な人だ。一匹狼というほどとんがってはいないがつかみどころがない。テニス部レギュラーなのにテニス部とも行動を共にせず、ふらふらと我が道を放浪している。浮世離れしていて仙人……というよりは流れ侍というか浪人というか、フラフラしている根無し草だ。授業にさえ半分くらいしか出てこない。
なんでこんな人好きになっちゃったんだろう。好きな相手の情報もサーチできないし、やっと調べた好きなタイプは「影のある子」。なにその薄幸の美少女設定。自分に合わなさすぎて泣きたい。


「美波と財前みてるとほんと羨ましいんだ。言い合いでもいいから千歳くんとあんな風に気兼ねなく話してみたい」

「ん、でも千歳と仲良うなかった?」

「全然。席一緒になって話したくらい。私なんて近寄ることさえできないのに。織姫と彦星以前の問題だよ」

「出会えたならまだええやん、俺なんてその更に前段階やで。誰も好きなったことないんやで」

「そ、それはほら、限りなくいい出会いがある可能性を秘めてるということで……」


今頃どこにいるんだろう。この人混みの中に紛れているんだろうか。好きな女の子と一緒にいるんだろうか。七夕なんて興味なくて部屋で寝ているんだろうか。一人でテニスでもしているんだろうか、あるいは。
ぎゃいぎゃいと騒ぐ二人、隣でおっ今の女の人ええ香りやなかった?なんて言ってる白石くん、遠山くんを連れて戻ってきた忍足くん。人々のざわめきは願いと共に空に上る。私は目を細めた。








一人で帰る道すがら、夜空を仰ぐ。相変わらず薄い雲がかかっていて天の川は見えない。織姫と彦星、今年は会えなかったんだろうか。雲の上は晴れているといい。ついでに私の願いも叶えてくれないかなあ。
そんな身勝手な思いを抱きながら歩く。鼻緒が足に優しく当たる。草履がカランカランと音を立てる。草履の音は好きだ。靴とは違った乾いた木の音が、涼しさと特別感を醸し出すから。

さっきまでの情緒あるぼんぼりの灯火はいずこへやら、神社から離れたここはすっかり無味な蛍光灯だ。白い光がくっきりと道路に自分の影を落とした。遠くではまだ祭りの音が聞こえる。カラン、カラン。帰るから仕方ないとはいえ、一人で歩くのって寂しい。カラン、カラン。美波はまだ財前くんといるんだろうか。カラカラン、カラカラン。さすがに遠山くんは帰ったかな。財前くんがお家まで連れて帰りそうだ。カラカラン、カラカラン。やっぱり風情があるよね、草履の音には。






……え。音が、私の足音だけじゃない気がするんですが。






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