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「そういえば、そろそろバレンタインやなあ。もうデパートにコーナーできとったわ」


お昼休みに、そう言いながら近くに寄ってきた友人がスンスンと鼻をならした。同じクラスだからって白石に影響されたのかこの子は。それだったらちょっとヤダ。よりによって人のにおいを嗅ぐ子がクラスに二人とか。


「今年は手作りにするつもり。最近、ちょっとずつ試作してるんだよね」

「うっわー、あんたすごいなあ気合い十分やん。いきなり前日に作って失敗したら悲惨やもんな」

「そうそう。私、作り慣れてないしね。トミーは誰にあげる?」

「ええと、あんたとゆりこと……まあ、友達と彼氏やな。あとオサムちゃん」


彼氏、かあ。本命チョコを堂々と渡せるなんて羨ましい。
お弁当を開くと、自分が今朝作った不器用な卵焼きが出てきた。そう、私はお菓子作りも含めて、料理ができない。せっかくだからできるようになろうと最近修行をしてはいるのだけれど、やっぱりどことなくぎこちなさが残る料理になる。せめてバレンタインのチョコくらいは奇麗なのが作りたくて、ここのところ、夜キッチンに向かってお菓子を試行錯誤しているのだけど、やっぱり形がちょっと曲がってしまう。ちょっとずつ上手くなってはいるのだけれど。
あーあ。私に本命がいたとしても、このままじゃあチョコは渡せない。


「なあ、あんたはどないすんの?やるん?こ・く・は・く」

「なっ!」


思わず赤くなってしまった顔を急いで背ける。なんか恥ずかしい。好きな人は、まだいない。いない。いない、はずだ。


「お?おっおー、これはこれはぁ。誰や?小石川健二郎か?」

「違う!好きな人いないから!ケンちゃんにはあげるけど、それはちっちゃい頃からの習慣だし」

「なーんや。ほななんで顔赤くしたん。おっやー、これは気になる人でもいるっちゅーことやなあ?」


脳裏にふと浮かんだのはあのバイブル野郎。私は頭を振った。いやいや。そんな馬鹿な。まさかあんなモテ男を好きだなんて、まさか。あんな男を好きになったら悲惨だ。ライバルが多いし、たとえ付き合えたとしても自分より可愛い子なんていっぱいいる、そんな可愛い女の子たちに取られちゃうんじゃないかと気が休まらないに違いない。うん、ないない。
トミーはのんきに、ちょっとでも気になる人おるならアタックしてみたらどうやぁなんて言っていた。




今日の5限は国語で、しかも内容が古文だった。古文は結構好きなのだけれど、担当の先生がゆっくりとしたペースで話すものだから、食後というのも相まってめちゃくちゃ眠くなる。気を抜けば頭が机に衝突しそうだ。
教室中に眠そうな雰囲気が充満している。そんな空気をさして気にせず、先生はゆっくりと話し続ける。


「この時代では、貴族のたしなみとして『お香』というものが大切にされたんですねえ。お香を身の回りにまとうというのが優雅さの演出だったわけです」


机にほおづえをついて頭をささえるけど、つい舟をこいでしまう。お腹がいっぱいで、教室の中はストーブで暖かくて。耳からは先生の低くて穏やかな声が流れ込んでくる。いつもは誰かがこそこそ教室で話してたりするものだけど、今日はみんな眠たいのか静かだ。狭い教室の中に、先生の声だけが子守歌のように響いている。


「『そらたきもの』という習慣もありまして、部屋で香炉などを使ってお香を焚くんですねえ。その上にこう、かぶせるようにして籠のようなものをさかさにしてかぶせるんです。更にその上に衣服をかける。そうすると、香りがしっかりと服にしみこむのです。衣服のみならず、髪にも香りをたきしめたりしました」


髪の香りねえ、タイムリーだなあ、そう言えば今朝白石とそんな話をしたばっかりだ。現代では優雅さを演出するものじゃないよねえ、香りは。お菓子みたいに甘い香りからスパイシーなものまで、いろいろある。今では香りの役割が広がってるってことなのかな。石鹸のようなシャンプーの香りがするコロンとか。バニラエッセンスのような甘ったるい香水とか。演出できる雰囲気は一つじゃない。


「そして誰かが通った後には、その人が身にまとっていた香りだけがその場に残るのです。その、香りの乗った風、まあ風というよりも空気ですが、そのことを『おいかぜ』と言い……」

「それや!」


がたんと椅子を蹴倒す大きな音がして、更に誰かが叫んだ。
白石だった。
けだるげな空気を突然つきやぶった白石の奇行に、教室中が唖然とした。熟睡している人を除いて、全員の目が白石に集まる。先生はゆっくり白石を見つめて、目をぱちぱちさせた。


「ええと、白石くん。どうしましたか?」

「どうもこうもないで先生!それやったんや!昔の人ってすごいな!」


白石には、クラスメイトたちのぽかんとした顔は気にならないようだった。「そうなんですねえ、昔の人はすごいのです」とちょっと嬉しそうに返事をして、何もなかったかのように授業を再開した先生は何気に猛者だった。

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