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追風


男と女の違いなんてほとんどないと信じていたころは、「男って単純なのよ」なんて知ったか顔で話す友人の言葉を心の中で否定していた。単純な子は女の子でも単純、複雑な子は男の子でも複雑。そう思っていた。
今でもその通りだと思っている。でも、確かに男子ってある種の物事に関してはとても単純だとも思う。どんなタイプであれ。


「んんー絶頂ー!ええ香りやなあ」

「ぎゃあっ!」


朝学校に来て机の前でぼうっと立っていたら、突然真後ろ――耳元で声がした。ほうっと生暖かい息が耳にかかる。その感覚がぞくっと背筋に走って、私は横っ飛びで飛び退いた。
な、な、なんだっていうんだなんなんだ!
耳を押さえて振り返ると、綺麗な顔をほがらかに嬉しそうに崩したバイブル野郎がいた。彼は私の行動に首をかしげる。


「んん?どうしたんや突然」

「どうしたってそれはアンタだ!なんなんだ突然」

「何って、髪の毛、ええ香りすんなあと思うて」

「だからってかぐなアホ!」


あっけらかんと爽やかに言ってのける白石に言い返していると、ようやく気持ちが落ち着いてきた。胸を押さえて、彼を軽くにらみつける。
この男。無自覚だからなお悪い。顔もいいけど、声もいいんだ。あんなやたらとセクシーな声で囁かれたら嫌でもドキドキするに決まっているじゃないか。白石は人懐っこいタイプではないが、天然でこういう親密なというか距離の極めて近い行動を取る。だからタチが悪い。こいつがもてる理由にはもちろん、綺麗な顔も爽やかな性格もずば抜けた運動神経もあるのだろうけれど、それに加えてこの天然な行動もあると思う。
ついうっかり女の子が勘違いしそうになるというか。勘違いしたくなるというか。普段は突っ込みどころ満載なアホな行動をしているのに突然こんなことをされると、そのギャップにコロっといってしまいそうになる。

まったく。


「そういえば、シャンプーの香りが好きなんだっけ」

「せや!よう知っとるなあ。もしかして俺のこと」

「それはない。知らない女の子はいないと思うよ、有名だし」

「その突っ込みは厳しいわ、せめて『なんでやねん』くらいの柔らかさで」

「私関西人じゃないし」

「それはあかんで!関西に移住してきたからにはもう真の随まで関西人や」


なぜか力説する白石を見て、何の話をしていたんだっけと私は我に返った。シャンプーの香り、ねえ。肩に乗った髪を一房手に取って、そっと香りをかいでみる。でも、なんの香りもしなかった。それもそうだろう、髪を洗ってからだいぶ時間が経っている。香りの薄いシャンプーを使っているせいもあるけど、だいたい一晩立てばシャンプーの香りなんて消えてしまう。


「白石も男だねえ。単純っていうか」

「どこが単純なんや」

「シャンプーの香りが好きってところ」


白石みたいなタイプはナチュラル系が好きなんだろう。自然体で可愛くて清潔感のある女の子が好き。でも、君の見ている自然体は本当に「自然体」なのかな?女の子の足にはすね毛が生えない?女の子はそのままでも肌がきれい?女の子は生まれつきつやつやした唇を持っている?
――それはない。本当に自然そのままで可愛い子なんてほとんどいない。ナチュラルメイクっていうのはほとんど化粧をしていないことを指しているんじゃない。自然に見えるように工夫された厚化粧のことを言うんだよ。女の子はみんな、できるだけ完璧に武装してようとしている。そしてナチュラル派の子はできるだけ完璧に、武装していることを隠そうとする。

しかしそれを指摘してしまっては彼の夢を壊しかねないし、第一、わざわざそんなことを言うなんて可愛げがない。でも言ってみたい。どんな反応をするか見てみたい。面白そうだし。ごめん、白石。私は君の利益よりも自分の好奇心を優先しようと思う。


「ええやん別に。清潔感あるし」

「逆、逆。清潔感を演出するためにわざわざつけた香りだったりするんだよ、それ」

「どういう意味や。朝シャンとかしたから香りしとんのやろ」

「シャンプーの香りの髪用コロンってあるの、知ってる?そういうのを使ったりね」

「な、なんやてー!そういや光がそんなこと言うとった気も」


白石は少しショックを受けたような顔をしている。
私はちょっぴりの罪悪感とちょっぴりの不満の念を抱いた。ごめん、白石。でももうちょっとショックを受けてほしかった。「あの香りは……ただの演出やったんや!」って。そうなったらそうなったでめちゃくちゃ罪悪感にさいなまれたとも思うけど。香りの強いシャンプーを使えば香りは朝まで残るよって本当のことを言おうと思ったけど、反応が不服だったから私は教えてあげないことにした。


「私、シャンプーの香りなんてしなかったでしょ?シャンプーしたのもう12時間くらい前だし」

「そ、そうやな、確かにシャンプーの香りはせんわ。ん?でもええ香りはしたで」

「ええ?嘘」


私はもう一回、自分の髪を鼻に近づけた。やっぱり香りなんてしない。


「やっぱり私は何のにおいも、ぎゃああっ!」

「すうーはあーやっぱりええ香りするやん」


気がついたらまた白石が距離を詰めていて、いつの間にか髪に顔を近づけられていた。こいつ。白石は唐突にまじめな顔になって、変なことを言う。


「そういえば、バレンタインどないするん?」

「え?いやまあ、特には」


白石はそうか、と言って曖昧な表情をした。

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