大嫌いな君へ | ナノ
ご多幸をお祈り

今日はせっかくバスケ部の練習がない日だというのに、吉村は委員会の会議があるからと言って教室から出て行ってしまった。特に予定のない私は一人、ぽかぽかと暖かい放課後の教室でまどろむ。
ああ、眠い。いくら寝ても眠たくなる。今日はこれからどうしようか。吉村が帰ってくるのを待って雑談でもするか。部活中のゆっことしろちゃんの応援にでも行くか。それとも帰って遊びに行こうかな。ああ、でも眠いからしばらくこのままでもいいかもしれない。

北風がびゅうと吹いて、窓をガタガタと鳴らした。机にほおづえをついて外を眺めると、マフラーやスカートが風にさらわれて下校していく氷帝生たちは大変そうだ。

外は寒そうだけど教室はこんなにも穏やかで静かで、心地がいい。しばらくここで寝てしまおうか。いや、でも寝るなら布団で寝たい。今日はもう帰ろう。

鞄をもって机から立ち上がると、廊下から誰かの足音が響いてきた。先生だろうか。部活中の時間だけど、まあ生徒でも珍しくはない。有里のように部活も委員会もやっていないという生徒だって少なくはない。
足音の主に特に注意を払うことはせず、有里は教室の扉へ向かう。取っ手に手をかけた瞬間、廊下で足音が止まって、目の前の扉がガラリと開いた。

ぎょっとして視線を上げると、目に入ったのは薄水色と白のシャツ。

とっさに拒否反応が出る。このカラーは間違いなく。
嫌々ながら目線をもう少しあげると予想通り、同じくぎょっとした表情をしているキノコだった。

あいつを認識すると同時に、自分の顔が歪むのが分かる。相手も、鼻にしわを寄せた。
目つき悪くにらんでくる日吉に負けじと、私も目を合わせて睨み返す。

あいつの真っ黒な瞳をにらむ。

憎い。嫌い。大嫌い。全身の毛が逆立つほど嫌い。

日吉もすごい形相をしてこちらをねめつけてくる。刺すような視線を向けるあいつの目には、あいつと同じような顔をした自分が写っていた。

しばし、睨み合う。

しばらくして、日吉が唸るように言った。


「そんな顔でよく外を出歩けるな」

「いつまでそんなダサい髪型してるつもり」


投げつけられた暴言に、何も考えることなく有里も吐き捨てるように返す。日吉の言葉はとげとげしく、有里の台詞も怒気が含まれている。
一瞬でびりっとした雰囲気になる。有里はぎりっと奥歯をかみしめた。

憎い。嫌い。大嫌い。
身の毛がよだつほど、嫌い。

なんで私の目の前に出てくるわけ。いつ私がそんなこと頼んだっていうの。今日はいい日だったのに、付いてない、吉村がいたらいいのに吉村もいない、なんで日吉なわけ。
もう何度もひどい暴言を吐かれたからもう傷つかないけど、最初は悔しくて仕方なかった。悪いのはあいつなのになんで私がそんなこと言われなきゃいけないわけ。他の男子にはそんな酷いことは言われない、だから日吉は事実を指摘したいんじゃない、ただ傷つけたいだけだ。


「あんたうざい、消えろ」

「それはこっちの台詞だ、クソ女」


どこか遠くでまた、足音が聞こえる。今先生にこられたら面倒だ。でも、腹が立つ。こんなやつに負けたくない。嫌いだ、こんなやつ。


「あんたなんて大嫌い、存在が不愉快」

「意見があったな、俺も身の毛がよだつほどお前が嫌いだ」


一言暴言を吐くたびに、一言暴言を吐かれるたびに、自分の気持ちが強固になっていく。最初はもやもやとしていた負の感情がどんどん姿を現して、言葉に出す度に姿がくっきりと明確になって、どろどろと黒い、そして何よりも堅固な鎧をまとって大きくなる。

嫌い。憎い、大嫌い。

日吉との関係がこうなった当初は、周りに小学生の喧嘩みたいとか、喧嘩するほど仲が良いって言うよねと言われた。でもこの敵対関係が長引いて、更に私やあいつの顔を見た人は、だいたい口をつぐんで何も言わなくなる。

小学生みたいだって?冗談じゃない。
そんな生やさしい感情じゃない。
私はもはや、あいつを憎んでいる。
それはたぶん、あいつも同じ。

睨み合っていると、ふっと日吉の後ろに影ができた。
眉間にしわを寄せたまま有里は日吉から目を反らして彼の後ろを見、彼もまたそのままの表情で後ろを振り返った。


「うわっ」


そこにいたのは、吉村だった。彼は二人の恐ろしい形相を見、ぎょっとして身を引いた。顔が引きつっている。有里はつい吉村まで睨んでしまったことに慌てて、普通の表情に戻す。日吉も表情を和らげたが、相変わらず眉間にしわを刻んだままだ。


「ごめん、その、なんというか」


ピリピリした雰囲気に慌てている吉村に、有里はまた申し訳ない気持ちになる。……また巻きこんでしまった、この気の良い男を。日吉さえ来なければこんなことにはならなかったのに。


「吉村、委員会終わったの?」

「あ、うん、そう。今終わって、これから帰ろうかと」


ほっとした顔をして、吉村が教室に入ってきた。そして、日吉と有里の間に割り込むようにして片腕を伸ばし、抱きかかえるようにして有里を日吉から引き離して教室の中に連れ戻す。これ以上激突しないようにという、吉村の心遣い。あいつにはイライラするけれど、吉村が気遣ってくれるのは有難い。
その間に日吉は表情をそのままに、同じく教室へ入って自分の机から何かを取って、さっさと去っていった。


「ごめん吉村、ありがと」


予想外に小さな声が出た。そんな自分にとまどう。さっきまではあんなにイライラしていたのにそんな強い感情は急速にしぼんでいく。
吉村は何も言わず、黙ったままぽんぽんと有里の頭を軽く叩いた。そしてそのまま、優しい手つきで髪をなでる。ゆっくりとした反復動作に、有里は自分の心がだんだんと落ち着いていくのを感じた。目を閉じて、深く呼吸をする。


「もう少し休んでから、帰ろうか」


低くて角のない、暖かい吉村の声が教室の空気を振るわせる。

なんでこんなことになったんだろう。何やってんだろ、私。なんでこんなにうまくいかないんだろう。日吉が嫌い、顔を見たくもない、ただそれだけ、たったのそれだけのことなのに。
有里は泣きそうになった。なぜだか分からないけれど、先ほどの激情が嘘みたいに消え去って、今はもやもやとしたものが心をかすかに揺さぶる。吉村が優しいのがいけないんだ、こんなに迷惑掛けてしまっているのに、それでもなお私のことを気遣ってくれている。


「あんまり無理すんなよ」


女泣かせだな、こんちくしょう。
有里は黙ったまま一つ、頷いた。


***


部活を中断して、教室に忘れた予備のサポーターを取りに帰った。忘れるんじゃなかったと後悔してももう遅く、気がついた時には俺は越川と正面から対峙していた。
あいつは顔を歪めて俺を睨み付けてくる。その表情にまた、俺も顔を歪める。

嫌いだ。大嫌いだ。ぐちゃぐちゃにしてやりたい。

気を抜くと手を出してしまいそうだったから、俺はぐっと拳を握った。殴るわけにはいかない、でも悪いのはこいつだ。なんでこんなところにいやがる。どうして俺の前に立ちふさがる。そしてわざわざ俺の前で、こんな風に見にくい顔をして見せる。


「そんな顔でよく外を出歩けるな」


自然と唸るような声が出る。こいつはいつもこうやって、わざわざ俺に嫌いだと見せつけてくる。嫌いなら俺の前に現れるな、このクソ女が。


睨み合ってどれくらいたったのだろうか、辛辣な空気を破って突然吉村が俺たちの目の前に現れた。吉村はビリッとした空気を感じたのか、ガキみたいにおどおどとしていたが、やがて意を決したような顔をして俺たちの間に割り込んだ。すっと手を差し出して、抱えるようにして越川を教室の奥へと連れて行く。それはそれは、大切そうに。優しい手つきで。
それを見て、俺はまたイラっとした。なんでそんなやつを大切にするんだ。そんな繊細さも気遣いも何もないような女。放っておけば良いものを、吉村はガラス細工に触るかのようにあいつに接する。

俺は胸くそが悪くなって、ムカムカしながら逃れるかのように早足で教室を去った。


「若、大丈夫?」


休憩時間に隣の女子専用コートから笹本がやってきて、言う。さぞかし俺は不機嫌な顔をしていたのだろう。彼女は目をくりくりさせて、心配そうに伺ってくる。


「……もしかして、越川さん?顔が怖いよ」

「お前に対してはそんなことしない」


不機嫌な声のままそうぶっきらぼうに返事をすると、笹本ははっと息を呑んで、なぜか頬を赤らめた。俺は思わずぽん、と彼女の頭に手を置いてなでる。
笹本は嬉しそうに笑った。敵意のカケラもなくこちらを見つめてくる。まるで仔猫みたいだ。俺はだんだん、不思議な気持ちになってきた。俺は笹本のことは邪険にしない。どちらかというと、俺にしては大切にしていると思う。そうやって優しくしていると、自分の中で、純粋な笹本に対する気持ちの他にも、心の片隅で黒い感情が沸くことに気がついた。それも、越川に対して。

ざまあみろ。
俺は優しくできないわけじゃない、ただしないだけだ。優しくする価値のやつにしか優しくしないだけだ。
前クラスのやつに、笹本と話すときと越川と対峙しているときの態度が全然違うと言われたことがあるが。当たり前だろ、そんなの。

(20110201)

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