大嫌いな君へ | ナノ
ここ数ヶ月間は忙しく

「若!あのね、」


笹本が話しかけてくる。俺は邪険にするでもなく話を聞く、しかし愛想良くもしない。表情を変えない俺にひるむことも臆することもなく、彼女はいつものように嬉しそうに話をする。



笹本に話かけられるようになったのは、1学期の後半だったと思う。彼女は女子テニス部で、確かそのときは、ラケットのグリップか何かの話をしてきた。俺が適当に会話を切り上げると、彼女は「男子テニス部のことをもっと教えてほしい、男子テニスと女子テニスの違いが知りたい」と言った。

面倒くさいとぞんざいな対応をすると、「男子テニスが好きなの」という必死な言葉が返ってきた。女子テニスよりもはるかにダイナミックでスピード感のある男子テニスが好きなのだ、と。


「本当は、男子テニス部のマネージャー、やりたかったの。でも、中等部ってマネ、ないじゃない」

「当たり前だろ」


中等部の部活は、本人の自主性だとか積極性だとか、そんなものを育てるためにある。中学生の間は、マネのようなサポートをする経験よりも、実際に自分が主体となって部活動を営むことが大切なのだ。
ぶっきらぼうに言うと、笹川は何がおかしいのか、鈴をころがすような声で笑った。


「うん、そうなの。だから、高等部に入ったら絶対、男テニのマネやるんだ」

「お前は女テニだろ」

「女テニは、体力作りとテニスの研究のために入ったって感じなの。部長にもちゃんと相談済みだよ」


たかがサポート役をどれだけやりたいんだと、理解しがたいとも思ったが、その一途さと計画性は見上げた根性だ。そういうのは嫌いじゃない。

笹本に一目置いた俺は、彼女を邪険に扱うのをやめた。面倒ならばほうっておけばいいし、邪魔をしてくるわけでもない。笹本がどこまでやるつもりなのか、何をしでかすつもりなのか、今後を見るのも面白いかもしれない。

笹本はなぜか、しょっちゅう俺に絡んでくる。何かを聞かれて返答を拒絶すれば、「どうして?」とあどけない表情で俺を見つめてくる。俺の後をついてこられることも、最初はやめろと言っていたがやめる気配はなく、面倒くさくなって思わず「好きにしろ」と言ったら「好きにする」と笹本は笑うのだ。

笹本は悪いやつではない。彼女の話はたまに面白い。うるさくもない。そして向上心がある。笹本と話をするのは悪くない。



***



「日吉、意外とやるやないか」


ある日、朝練の後で忍足さんに話しかけられた。顔がにやにやしていて、俺はこれが本当に氷帝の天才にしてレギュラーなのかと疑いたくなった。コートでの見せる引き締まった顔と同一人物の顔とは思えない。


「何がですか」

「つれない返事やなあ、恋人のことや」


忍足さんは顔を崩しながら俺をのぞき込んできた。丸眼鏡の奥で目が面白そうに笑っている。そんな彼の行動に、俺は片眉を上げた。恋人?何の話だ。


「だから何ですか、俺は恋人なんていりませんよ」

「はあ?もうおるやないか」

「はい?」


彼は驚いたようなすっとんきょうな声を出した。俺も忍足さんの言葉に驚いて、思わず声を上げてしまう。
もうおるやないかって、恋人がってことか?どういうことだ。


「めちゃくちゃべっぴんさんの恋人で、笹本さんやったか」

「笹本?」

「違うんか?笹本さん男子に大人気なんに、よく射止められたなあって……」

「大人気?」

「なんや知らんかったんかいな」


笹本が大人気?
そういえば、同級生の男で笹本と付き合いたいといっているやつが結構いた気がする。どうでもいいことだと気にしていなかったが。笹本、人気あるのか。


「なんでそれを日吉が知らんねん。2、3年の間でも笹本さんのことは噂になっとるで」

「そうですか、あまり興味ないですね。それと、別に付き合っていませんから」


呆れたような顔をしている忍足さんに、はっきり否定して見せる。俺には恋人なんていらない。少なくとも今は。笹本とは確かによく一緒にはいるが、ただそれだけだ。


俺と笹本が付き合っているという噂がずいぶん流れていたようで、俺は見知らぬ男女からも「付き合っているのか」と聞かれるようになった。どいつもこいつも必死な目をして、もしくはゴシップに対する下らない好奇心で目を輝かせて、本当のことを教えてくれと俺に迫ってくる。

全く、面倒くさい。

最初は毎回「付き合っていない」と返事をしていたが、だんだん面倒になった。その結果、俺はそう聞かれるたびにたった一言、「どうでもいいだろ」と答えるようになった。そう言って睨めば、だいたいどんな奴でも黙り込む。……自分で言ったことながら、その通りだ。俺たちは付き合っていない、だが例え俺たちがどんな関係になったとしても、他のやつらの知ったことではない。


面倒続きだが、笹本と仲良くなって悪いことばかりでもなかった。


中学に入ってから、男子の間では誰が可愛いとか誰が巨乳だとか誰と付き合いたいだとか、そんな話ばかりになってうんざりしていた。だが、笹本と付き合っているという噂のおかげで、俺はあまりそういう話を振られなくなった。その代わりに、誰もが口々に「羨ましい」と言う。
笹本は美人だ。しかも、清楚で俺好みだ。面倒なことも多いが、付き合っていると言われて、羨ましいと言われて悪い気はしない。

それともう一つ、笹本のおかげで女子との面倒事が減った。

最近はやたらと女子に告白されることが多くなって、いちいち呼び出されたり待ち伏せされたりして、全く面倒なことこの上なかった。俺は「お前と付き合う気はない」と返事をするに決まっているのに。
だが、たまたまある日、その告白現場に笹本が居合わせてから、女子から告白をされることがぱったりとなくなった。現場に居合わせた笹本は大きな目を見開いて、なぜか突然ぽたぽたと泣き始めた。しつこい女子の告白にうんざりしていた俺は、これ幸いと笹本にハンカチを渡す。笹本を、この場から離れるための理由にしよう。泣かれるのは面倒だが今回はラッキーだ。告白してきた女子は、そんな俺と笹本を交互に見てから、ぐにゃりと顔を歪ませて去っていった。

それからというもの、俺と笹本は公式なカップルのように扱われることが多くなった。それは真実ではないし、俺は笹本の事が好きなわけではない。だが人の噂も人の目も周りにどう言われるも、どうでもいいことだった。


「若、それでね――」


いつものように笹本と、他数人の男子と会話をしながら教室に入る。誰もいないと思われていた教室には、吉村と越川がいた。二人とも窓際に向かい合って座っている。ガラリと音を立てた扉に反応して、吉村はちらっとこちらを見、また視線を元に戻した。越川はこちらに背を向けたまま、振り向きもしない。

越川。なんでいやがる。俺は越川の姿を見た瞬間、心にどす黒いものがわくのを感じた。目障りでうざいやつ。そもそもどうしてこんなやつが学校に来てるんだ。

笹本は越川の姿を見て気を遣ったのか、俺の顔をのぞき込んでくる。評判通りの整った、美しい顔。白い肌、大きな目、長いまつげ、つやつやと赤い唇。

あの女とは大違いだ。

あいつは男子のように粗雑で、デリカシーのかけらもない。見た目も笹本には遠く及ばず、やぼったい。そしてうるさい女だ。半歩後を付いてきて、可愛らしく笑う笹本と比べれば、まさに月とすっぽんだった。あいつに良いところなんて、何一つない。

俺はちらりとあいつを見た後で、何ごともないかのように表情を繕って笹本を見返した。彼女は安心したかのように、白い歯をみせて綺麗に笑った。

笹本みたいな女もいるのに、どうしてあんな醜く目障りな女が存在するのか。この世から消えていなくなれ。どうしてあんなうざい女と一緒のクラスで過ごさなければならないのか、全く理不尽だ。

内心ではイライラして、先ほどちらりと見た吉村と越川の姿がまだ目の裏に残っている。
吉村。吉村拓海。バスケ部のエースと呼ばれるうちのクラスメイト。
こいつは鳳に似ている。口調や全体的な見た目はあまり似ていないが、一言で表現するなれば、二人とも優男だ。女にだけ優しいイヤミな優男はよくいるが、こいつらは男女どちらに対しても優しい。俺は吉村も嫌いではなかった。

だが今は嫌いだ。


「ダメだよ、人をそんなに好き嫌いしちゃ」


笹本がほほを膨らませて言う。だが、嫌悪感は理性でどうなることでもない。
吉村を見ると自然とその隣にいる越川まで目に入ってしまう。越川がいないときでも、まるで越川が吉村の隣にいて一緒に喋っているかのような気になる。そしてたぶん、吉村は越川と付き合っている。だから、俺は吉村が嫌いになった。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ということわざがあるが、昔の人はよくぞここまで正しくこの感情を表現したものだ。

さすがに鳳を嫌いになることはないが、最近は少しイラつく。鳳は越川と仲良くなったらしく、その事実が俺を苛立たせる。

鳳も吉村も悪くない。

そう、全てはあいつのせい。


(20110117)

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